ENo.44 黒鷺天地

■Episode8.4

それは今から、数日ほど前にセルフォリーフであった出来事。
私たちは巨大ハムスターの討伐の依頼を引き受け、ハムスターたちが住処にしている森へと向かった。しかし、突然と森全体を濃霧が包み込むと周囲のものがよく見えなくなり、皆がどこにいるのかもわからなくなった。天地さんとはしっかりと腕を組んでいるので近くにいることはわかるものの、沙耶さんたちの姿が見えない。気がつけば、私たちは沙耶さんたちとバラバラになってしまっていた。
とりあえずは霧が薄くなるまでは慎重に進んで安全な場所を探し始めると、そこで突然と何かとぶつかる。そこに見えるのは確かな人影…、沙耶さんかジュジュさんかと思っていたら、そこにいたのはルーリさんだった。
話を聞くとルーリさんたちも同じ依頼を引き受けて私たちよりも先にこの森にきていて、見つけた巨大ハムスターが散開すればルーリさんたちもおなじく散開して追いかけていたところ、突然と霧が発生してしまったそうな。
ひとまず霧が薄くなるまでこの場で待機していると、しばらくしてようやく霧も薄くなり始める。ある程度は見えるようになってくれば、私たちは互いのメンバーを探しに歩き始めた。進んでいくうちに次第にどんどん霧も薄くなり、周りもよく見えるようになってくる。

「んっ…？天地さん、ユフィさん、あれは…」
「間違いなく人影だね…、誰かいるよっ。それも三人」
「他にもここに来ている人たちか、あるいは…」
「どっちかのメンバー、ってこともありそうだねぇ」

とはいえそれ以外の可能性もあるため気は抜けない。慎重に私たちはその人影の先へと向かっていく。進んでいくうちにその形はよりはっきりとしてくる。見覚えのあるそれは身長が高く、細い身体をしていて、頭はまるで林檎のような形を…、んんっ？林檎？

『やっと霧が晴れてきたわぁ』
『あらよかった、水浴びにいきたかったのにこの霧でいけなくなるかと思ったわよ』
『あんたどんだけ水浴び好きなのよっ』

そこにいたのは、間違いなく三人のアップルさん。あの身体といい頭といい、見覚えのあるシルエットは今も忘れない。相変わらず顔つきが怖い。しかし以前に出会ったアップルさんとは違い、色が違っていて全身緑。言ってしまえば、グリーンアップルさん。おまけに性格やしゃべり方といいなんか口紅塗ってるといい動き方といい、あのアップルさんがオカマであることがわかる。

『アッー！あんたら人間ねっ！こんなところで出会うとは思いもしなかったわ！』
『それにしても結構可愛い子がいるじゃないのぉ、そこの男の子とかそこの変わった髪の女の子とか』
『あれはアホ毛って言うのよ。一部の人間たちで今ブームになってるのよ』
『そうなのぉ！？いいわねぇ、あたしもやってみようかしら』
『できるわけないでしょ、あんた！髪ないんだから』

突然と三人が何かやりとりを始めている。はなから見れば普通のトーク、というか普通にトークしてる。それにしてもあの顔つきでオカマのガールズトークは、なぜか微笑ましく見えない不思議。
そして三人のアップルさんは何処からか取り出した生暖かそうなチュッ○チャップスを口に含んだりれろれろと舐めている、しかもチョコバナナ味。あの姿になる前は林檎だった彼らがチョコバナナ味のチュッ○チャップスを口にするという何とも信じがたい光景…、以前出会ったアップルさんのタバコも十分信じがたいけれど。

「…どうします？」
「うんっ、まぁ特に問題なさそうなら先に進んでしまおうか」
「ですねぇ…」

アップルさんたちもたぶん楽しそうに話しているので邪魔しないようにと私たちは素通りして先へ進んだ。しかしそれに気づいたアップルさんたちがものすごい剣幕でこちらに迫ってくる。普通の表情も怖いけれど、今の表情もさらに怖さに磨きがかかっている。

『『って待てコラァッ！』』
「「ひぃっ！？」」
『あんたたち遭遇しておいてスルーとか何様！？通常戦ならとっくに戦闘始めてるわよ！？』
「いや、んなこと言っても―」
『んなこともどうもないのよっ！それにあたしたちも簡単に逃がす訳にはいかないのよ、あんたたちが仲間を倒したって話はこっちにも知れてるのっ』
『あんたたち、あたしのお兄ちゃんになんてことを！』
『ってあんた、お兄さんいたのぉ！？』

すごく…、面倒なアップルさんたちです……。
知られているのならばそう簡単には通らせてはくれない…、私たちは戦闘態勢に入った。今はあまりアップルさんたちに時間を費やしている余裕も体力もない…、出来ることなら迅速に事を済ませてしまいたい。
アップルさんたちが先に動き、接近戦を仕掛けてくる。相手の拳が飛べば、私は的確に回避して相手の隙を狙い、こちらの拳を振るう。拳はしっかりと相手を捕らえれば、アップルさんは体勢を崩すもすぐに受身を取り、体勢を立て直す。
天地さん、ルーリさんが刃を振るえば、二人のアップルさんは持ち味のフットワークを活かし、かわしながらの一撃。天地さんたちのとっさのガードが間に合うも次の一撃が飛んでくる。その一撃を回避してからの一振りも避けられてしまった。

「（一点に集まってる…、ならこれでッ！）」

チャンスを伺えばルーリさんはとっさに魔力を剣に注ぎ、力を集中させる。ルーリさんの周りには渦を巻くように魔力が集い、剣は蒼く光を帯びている。天地さんのタキオンとまるで似た光。けれどそれとは違った、清らかな蒼。ルーリさんは構えを取れば、二人のアップルへと狙いを定め、大きく構えた。

「天地さん、離れていてくださいッ！」

ルーリさんは蒼く、そして大きな光の刃を目の前の二人のアップルさんへと大きく振るった。放たれた蒼の刃に天地さんも距離を取り、刃は二人のアップルさんへと迫る。鋭く、そして大きい刃は通過した跡といい、こちらも驚きを隠せないものだったことは確か。天地さん以上に、ルーリさんは確かな実力を持っていた。あれだけの力を持った人を見るのは私も天地さんも、今日が始めて。

『『やらせねぇよ！』』

二人のアップルさんは接触ギリギリで、迫る刃をひらりと退ける。
ルーリさんの技が惜しくも避けられたものの、その刃の威力は接触した近くの岩を完膚なきまでに粉々にし、貫通した刃は消滅するまで後ろのものを貫いていた。

「…よしっ、大体わかったっ」
「大体…？一体何がでしょうか？」
「ルーリ、ちょっといいかい？いいこと思いついたんだっ」

天地さんは相手に聞こえないように、ルーリさんへと思いついたことを口にする。その時のルーリさんの表情は一変し、思わず「えぇっ！？」と言葉を漏らした。
この時の私は離れたところで一人のアップルさんと戦っていたため、天地さんが何を思いついたのかはまだ把握できていなかった。

「本気ですか天地さん、練習もしないでそんな一回見ただけで──―」
「それでもやってみなくちゃわからないだろう？可能性があるなら…、さっ」
「…わかりました、やるだけ試してみましょう。…私が先に動きますよ」

ルーリさんは天地さんのいちかばちかの勝負にかけることを決めて、再び剣に魔力を注ぎ始めた。天地さんはその間の時間稼ぎと二人のアップルさんを一箇所に集中させるべく接近をして、刃を振るう。的確に攻撃を回避するも、天地さんはルーリさんへと近づけないよう、そして相手が一箇所にうまく集まるように変則的に攻め続ける。
すぐに蒼き刃が再び形成されれば、天地さんはとっさに距離を取る。ルーリさんが再び構えると、その蒼き刃を再びアップルさんたちへと大きく振るった。放たれる光の刃はまっすぐにアップルさんへと接近する。しかし気のせいか、先ほどよりも若干ズレがあるようにも伺えた。
アップルさんは先ほどのようなすれすれ回避もなく、右へ回避する。アップルさんたちは余裕でドヤ顔を見せていた…、しかしそこには天地さんがいる。

『げぇっ！？』
「二度あることは三度、とは言わせないよっ！」

とっさに移動し、相手がルーリさんの一撃に気を取られているわずかな時間で、天地さんは決闘着の持つタキオンを剣に注ぎ、力を集中させていた。周りには渦を巻くように蒼きタキオンの光が集い、剣は蒼く光を帯びている。ルーリさんが放った一撃がズレていたのは気のせいではなく、全てこの為だった。
天地さんが大きく刃を振るえば、確かに蒼き光の刃はアップルさんを目掛けて放たれた。アップルさんとの距離も先ほどよりも近く放たれた刃は回避の余地すら与えず確実に二人を捕らえ、一気に貫く。二人のアップルさんが倒れれば、そこに転がっているのは、粉々になった二つの林檎。

「（天地さんの今の技…、ルーリさんの…）」
「あはは…、ホントにできちゃったよ……」
『嫌ぁぁぁんっ！お姉さまたちがやられたぁぁぁん！』

残るアップルさんは一人。人数差ではこちらのほうが確実に有利、アップルさんにも自然と焦りの表情が出来上がっていく。
じわじわと汗らしきものが流れるアップルさん…、ぐっと歯を悔しそうに噛み締めながらもアップルさんはすばやく逃走し、その場から戦線離脱していった。
どうやらこれで戦闘終了。あれだけの力を使ってもなお天地さんには余裕が伺える…、以前より無駄に力を消耗することがいつの間にかなくなっていた。

「うへぇ…、しっかし慣れない事はするもんじゃないねぇ…、手が結構しびれるよぉ」
「まさか私のを一回見ただけで同じような使い方をするなんて、無茶というか…なんだかルークさんに似ていますね」
「ルークも、君の技を？」
「あれ、ご存知なのですか？…あの時も短い間でしたけども、その時はルークさんの闇の力を使って自分なりのトレースで発現していました。だいぶ不安定でしたけど、的確に狙いどころを定めることである程度は補って確実に一撃浴びせていました。…まさか天地さんも同じ事を思いつくなんて。まるでルークさんですね、…無茶をする所とかも」

くすりと笑いながらも、ルーリさんはそう口にする。意外なことにルークさんも、天地さんと同じ事を思いついていた。こんなところで新たな共通点が発見できるというのも面白い発見ではあるけれど。
それにしても、二人ともいいコンビネーションでした。

これが数日前、天地さんが初めて相手の必殺技を覚えた瞬間。ルーリさん必殺の一撃、エーテルストライクを天地さんは一度見ただけで、それもこの場で身につけてしまった。
力の差は明らかにルーリさんのほうが上。けれど、それに追いつくように天地さんが成長を始めている。私ですら想定していない速度で…、確実に。
これが蒼の決闘着のもたらした奇跡なのか、それとも天地さんが起こした奇跡なのか。これが天地さんの起こした奇跡ならば、おそらくは他の技をほぼ己のものに出来る素質を持つということになる。最終的には、それを発展させて自ら新しい技を編み出せるのかもしれない。
私は天地さんの成長に期待と同時に、不安も感じていた…。天地さんがこの先、成長するたびに私との差もどんどん広がっていくのではないのかと……。

＜※以下メッセに続く＞