ENo.3492 グランデルド

タルタス。アンジニティにたどり着いたものが最初に訪れると言われる街。
いや、街と呼ぶにはあまりにも廃れているが、少なくとも外の世界よりは安全ではあるのだろう。
入り口の小さな門を開き中へ入ると絡みつくような視線と殺意が私を包む。
しかし、弱い。あまりにも弱すぎる。
ここにいる者たちは、少なくともこの街の大通りと言えるこの場所で牽制をしているだけの者はこの世界では生き残ることはできない。
視線から感じられるのはハリボテの殺気のみ。闘争心や競争心が何一つ感じられない。
ふと物陰を睨みつける。一際強い殺気をはなっていたその場所からは、すでに何も感じなくなっていた。
精一杯の強がりで貼った虚勢を視線一つで跳ね返す。
無理もない。むしろ私の殺気を敏感に感じ取り逃げることができたのだ。
虚勢を張ることは悪いとは言わない。みな生きるために必死なのだ。

しかし――

「おいてめぇ、人に肩ぶつけておきながら謝罪の一つもねぇのか？」
「罪だとは思わんかね。」
「あ？」
「弱いことは、罪だと思わないかね？」

＊　　＊　　＊　　＊　　＊

通りから外れた狭い路地へ入る。人気は少なく、たしかに此処なら見られることはないだろう。まあ、見られても構わないのだが。
どさり、と袋を地面へ下ろす。
その中には、ついさっきまで息をしていた男の亡骸が入っている。何を隠そう袋へ男を詰めたのは私だ。
しかし、路地に入るだけでこれか。
狭い道には沢山の“弱者”がいた。
地面に蹲る男を見下ろす。男は焦点の合わない目でゆっくりと私を見た後、また静かに地面を見つめはじめた。
向こうには犯された後であろう女が転がっている。その向こうには顔が変形している男がうめき声を上げている。
いや、それもまだいい方か。この場所は圧倒的に生者よりも死者の数のほうが多い。
ここにいるものは人間の形を保っていられるだけマシなのかもしれない。
ちりちりと脳が滾り出す。
私はその感覚の心地よさに酔いしれながら狭い路地を奥へ進む。

ぐちゃり。

血とも肉とも取れるモノが溜まった道を踏みしめる。私が幾度と無く歩いてきた道だ。

ぐちゃり、ぐちゃり。

死体が何体か積まれた山がある。私が何度も築いてきたモノだ。

ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。

ふっ、と路地の先が赤く光った。
火……？小さな炎のようなゆらめきが視界の端に見えた。
この様な路地に足を踏み入れる狂人が私以外にもいるのか。まあ、私と同じように“袋”を捨てに来た者かもしれないが。

ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。

進めば進むほど狭くなっていく路地を進む。しかし、その先にあったものは炎ではなかった。
エルフ。そこにいたのは少女のようなエルフだった。
ゆっくりとエルフが振り返り、私の目を捉える。

「なにか、私に用でもあるんですか。」

……気配は一応消していたつもりだが。

「いや、なに。この街に来るのは初めてでね。迷ってしまったら路地の奥で光が見えたもので。」
「へぇ、この路地の光景をみて、平然としていられる一般人がいるなんてね。」
「ふふん、職業柄このような状況は慣れていてね。君こそ珍しいではないか。エルフが炎を操るのは禁忌だっと覚えているが？」

露骨に嫌な顔をする。感情が出やすい娘だ。

「貴方、よく私がエルフだって解ったわね。それに、エルフの一族についてまで知っているなんて、最近の一般人は怖いわ。」
「なに、私のことはいいじゃないか。君はここで何をしてるんだ？」
「……燃やしてるの。」
「死体を？君は葬儀屋か何かなのかね。」
「燃やしてるのは死体じゃないわ。――そうね、言うなれば生の残物。その物が生きていた証を燃やしているの。」

ふむ、面白い娘だ。

「貴方は」

一歩私へ近づいてくる。

「……ッ！」

これはこれは。
なかなか失礼な娘だ。さっきの顔とは比べものにならない、まるで汚物を見るような視線で私を睨みつけてくる。

「臭いわ。臭い臭い濃い血の匂い。それに人間だけじゃない。動物、蟲、植物、幻想の血の匂いがするわ。」
「……ククク」
「……何？」

このエルフ、ここで殺してしまおうか。
いや、まだだ。“まだ”殺すには早い。
禁忌である炎の呪文を操り、その炎で死体を燃やし、死体を“生きていた証”と呼ぶ。
やはり、この世界に来た事は間違いではなかったようだ。

「ねえ、急に笑われると気持ち悪いのだけれど。貴方もしかして狂ってるのかしら？」
「これは失礼なことをした」

すっと服装を正し、胸に手を当てながら“彼女”の大きな瞳を見つめる。

「私の名はグランデルド・ファン・ヴァンデルガルデ。誇り高きヴァンデルガルデ家の当主であり、最強の狩人と呼ばれている。貴女の名前は？」
「……Elisabeth = Aruhn（エリザベス＝アーラン）、エルフよ。そうね、長いからいつもは“エリザ”と呼ばれているわ。」
「なるほど、ところでエリザ。君はこの世界を旅してみたくはないか？」

エリザは少しの間眼を瞑り、何かを考えるように頭を少し揺らす。
そして開かれた瞳からは、少女のような見た目からは想像もつかないような強さを感じた。

「ええ、興味があるわ。当主さん？」
「ふふん、物分りがいいのは好きだぞ。」
「あら、私に惚れても無駄よ。私の恋人は彼だけだから。」

そういってエリザは首からぶら下げたルーンが描かれた魔方陣をひらひらと私に振って見せる。
魔法について知識がないわけではないが、人並み程度ではある。
もともとヴァンデルガルデの一族は魔法とは遠い存在であり、我が一族でそれを使える者はごく一部である。
無知とは弱点だ。みすみす晒すわけにはいかない。
私はそのルーンの文字を読むふりをしながら話す。

「魔方陣が恋人とは悲しくはないのかね？」
「別にいいじゃない。それに恋人は魔方陣なんかじゃないし。」

そう言ってエリザは手のひらに乗る小さな炎を出した。

「私の恋人は火。私を燃え上がらせてくれるの。どう？その辺の男なんかより全然刺激的でしょ？」
「ククク、なに、私も人のことは言えないが、君もなかなかの変人であるな？」
「十字架を咥えてるような悪趣味な人には言われたくないわね。」
「ふふん、さて無駄口はここまでとしよう」

私はマントを翻し、路地を引き返す。
全て順調だ。何も問題ない。
私なら仲間など居なくともこの世界で生き残っていくことはできるだろう。だがそれではつまらない。
人生とは楽しくなくてはね？つまらない人生ほど無意味なものはない。
それに何より、私は一番美味しそうなものは最後まで取っておく主義でね。

「当主さん、ニヤニヤしながら歩くのはどうかと思うけど。」
「なに、気にするな。」

路地を抜け、街の門を開く。
荒廃した土地に足を下ろす。おおよそ活力を感じられないこの世界を見渡す。
また記念日が一つ増えてしまったようだ。
まだ見ぬ獲物へ向けゆっくりと囁く。

「狩りの時間だ」

さて、手始めにどこに行こうか――