ENo.2766 盛岡鈴菜

The twelfth day
Girls and sweet sweet chocolate

「あ、もうすぐあの日か……」
　盛岡鈴菜は、手にしたメモ帳のカレンダーを見ながら呟いた。
「え？何がもうすぐあの日なの？」
　その津美焼きを聞き逃さなかった八月一日未来が鈴菜に聞いた。
「あ、えーと、こっちでもあるかどうか判らないけどもすぐバレンタインだなぁって」
　それを聞いた未来がぽんと手を叩いた。
「あ、そうか、そういえばそうだね。折角だから街にチョコレート買いに行ってみようか？気晴らしも兼ねて、さ？」
　未来はそう言って鈴菜に小さくウィンクを飛ばす。
「うーん、そうだなぁ、どうしようかな」
「たまには二人で買い物でも……」
　鈴菜はそう言って考え込んだのを見た未来はもう少しだと思いその背中を押そうと口を開いた
「あ、アリシアちゃん、今未来ちゃんに街にバレンタインのチョコを見に行かないかって誘われたんだけど一緒に行かない？」
　たまたま姿を見せたアリシア・ウールに鈴菜が声を掛けた。
「え？これから街にいくの？」
「そうそう、どうかな？」
　鈴菜の誘いにアリシアは少し考えたが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん、よくわからないけど、一緒に行くっ！？」
　その返事を聞いた鈴菜は未来の方に振り返る。
「だって、アリシアちゃんも行っても構わないよね？」
　振り返った鈴菜の視線の先には、何故か涙目を浮かべている未来の姿があった。
「う、うん、問題ないよ」
　内心では『鈴菜と二人で一緒に行きたかったのに』と思っていた未来は少し悲しみの籠もった声で返事を返したのだった。
　その未来の姿を不思議そうな目で鈴菜とアリシアは見つめたのだった。

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　そんな三人の事を遠目で見つめていたユーキ・ヒロは不思議そうに傍にいたエルシア＝アルトシアに向かって呟いた。
「あの子達の言っている『バンアレン帯』というのは何の事なんじゃ？」
「ば、バンアレン帯？」
　いきなり話を振られたシアは意味もわからずにヒロに聞き返す。
「何かそれのためにこれから街に行くとか言ってるみたいなんじゃが……、まさか怪しい宗教とかではあるまいな……」
　自身も信心深い事もあって、心配の籠もった声でされるとシアはようやく合点がいった。
『なる程……そう言う事か……、さてどうしようかな？』
　心の中で状況を整理したシアはどう返した物か悩むが、自身にわき上がった悪戯心を止める事はできなかった。
「え？ば、バンアレン帯？本当に？」
　わざとらしくシアは驚いてみせる。
　その様子を見てヒロは更に心配を高める。
「な、何じゃシアも知っておるのか？」
「うん、何でもこの時期にだけ流行る『はしか』のような宗教で、知らない女の子達を拐かせて入信させようとするとかどうとか……、そんな噂を聞いた事が……」
　もっともらしく頷いて見せたシアを見て、ヒロは顔面蒼白になった。
　ヒロは鈴菜達が行くのを止めようとしたが、先程まで三人がいた場所には既にその姿がなかった。
「こ、こうしてはおれん！！」
　言うが早いか、ヒロはその場を慌てて駆けだしていったのだった。
　その姿を見てシアはやれやれとため息をついた。
「冗談だったのにな、まさかあそこまで信じるとは思わなかったよ」
　小さく呟いたシアは、傍で一部始終をじっと見つめていた最近になって仲間になったY.A.T.A.H.と視線が合った。
「なんだY.A.T.A.H.は行かないの？」
「興味がありません」
　にべもなく答えたY.A.T.A.H.に興味を覚えたシアはゆっくりと近づいていったのだった。

　§§§§§§§§§§§§§§§§

「ここよ、ここ。今話題のお店なんだって」
　街の中の一軒の【Sweetkiss】という看板の掲げられたチョコレート専門店を指差しながら未来が言った。
「へぇ、確かに可愛いお店だね？かなりお客さんもいるみたい」
　女性向けに可愛く飾り付けられた店内には、確かに未来の言う通り、年頃の女の子達の姿で一杯であった。
「こっちの世界でもバレンタインってのは共通なんだね。折角だから中を見ていこ？」
　改めて実感した鈴菜は二人の事を誘って、Sweetkiss店内に入っていったのだった。
「へぇ本当に色々あるね、人気が出るのもわかるよ」
　三人ははぐれないように手を繋ぎながら店内を見て行った。
　さすが専門店というだけあって、チョコレートと名のつく物は殆ど何でもあるのではないかと思う品揃えであった。
「じゃあここからはばらばらに動こうか？一緒にいても動きづらいし、三十分後に店の前で待ち合わせでどうかな？」
「そうだね、じゃあそれでいこうよ」
　鈴菜のその提案に未来は乗ると一足早く店内の人混みに消えていった。
　アリシアはどうしようか悩んでいる様子だったが、鈴菜の手をぎゅっと強く握りしめてきた。
「鈴菜はアリシアのメイドさんなんだよね？だから一緒にいて……」
　先日の闘技場での事を言われた鈴菜は思わず困った笑みを浮かべたが、アリシアの手を握り返した。
「メイドさんじゃないけど、一緒にいて上げるよ、だから心配しないで、ね？」
　人混みの中放り出すわけにも行かないとも感じた鈴菜はそう言って微笑みかけたのだった。
「うん！！」
　アリシアもまたそれに微笑みで返したのだった。

　§§§§§§§§§§§§§§§§

　そして三人がそうやって店内を見ている頃、店の外では一人不審そうに物陰から店内を伺うヒロの姿があった。
「むむ、あの店が件の【バンアレン帯】とやらの宗教の巣窟に違いない……、さてどうした物か……」
　少女ばかりがいる店の中にいきなり飛び込んで、大立ち回りをする訳にもいかずヒロはどうした物か頭を抱えるその時であった。
「君、何をしているのかね？」
　後ろからヒロの肩を叩きながらそう声が掛けられた。
「何って、怪しげな宗教団体から女の子達を助ける為にはどうしたらいいのか考えてて……」
　思わずそう答えながらヒロは後ろを振り返る。
　そこには怪しげな人物が店を伺っていると通報があり駆け付けた自警団の面々が立っていた。
「なる程、じゃあその詳しい話は詰め所の方で聞かせて貰おうか？」
　そう言って自警団員達はヒロの事を拘束し連れて行ったのだった。
「わ、儂は無実じゃぁぁぁぁっ！？」
　その場にヒロの悲痛な叫び声が響いたが、それに耳を傾ける物は誰もいなかった。

　§§§§§§§§§§§§§§§§

「おつかれ〜」
　最後に店内から出てきた未来の事を先に出て待っていた鈴菜とアリシアが出迎えた。
「まさかチョコレートを買うのにこんなに苦労するとは思わなかったよ」
　自分が予想していたよりはるかに多かった人混みに思わず苦笑しながら、買ってきた包みを鈴菜達に見せる。
「そういえば未来ちゃんは誰にあげるチョコなのかな？」
　そういう話はしてなかったので、ついつい悪戯心からそう聞いてしまう。
「ははっ、内緒、そういう鈴菜ちゃんの方は？」
「私の方も内緒だよ」
　逆に聞き返されると、未来と同じように鈴菜もごまかした。
「でも、ちょっと早いけど、二人にこれ」
　そう言って鈴菜はポケットから小さな包みにくるまれた一口サイズのチョコレートを未来とアリシアに手渡した。
　唐突な事で思わずあっけにとられた未来とアリシアだった。
「あ、ありがとう」
「これ貰って良いの？鈴菜？」
　受け取っていいのかわからずにアリシアが思わず聞き返す。
　その小さな手にチョコレートを載せてぎゅっと握らせて上げる。
「どうぞ、バレンタインとはちょっと違うけど、私からのプレゼントだよ」
　その言葉でアリシアの表情が一気に明るくなる。
「ありがとう」
「私もありがとね。所でこれからどうする？まだ戻るにはちょっと早いけど……」
　未来がお礼を言いながらこれからどうするかを聞いた。
「実はここに来るまででちょっと見てみたい服があったんだけど、つきあって貰っても、良いかな？」
　それを聞いた未来とアリシアは何か通じ合ったように顔を合わせる。
「そう言う事なら、是非につきあいますよ」
「つきあう〜」
　異口同音の未来とアリシアのその言葉に、鈴菜はこれから自分が着せ替え人形のようになる運命を知るよしもなかったのだった。

To Be continued…….

登場キャラクター
ENo.1155 アリシア・ウール
ENo.1684 エルシア=アルトシア
ENo.1891 ユーキ・ヒロ
ENo.2274 八月一日　未来
ENo.2704 Y.A.T.A.H.
ENo.2766 盛岡鈴菜