ENo.2298 雛神由依

私は魔女だ。
とは言っても自分で名乗り始めたわけじゃない。
遠い昔、誰かのそう呼ばれ、妙に納得してしまってから自分でも自身を魔女だと称した。

よく御伽噺に登場する魔法を使う存在。
時に誰かを助け、時に誰かを貶める。

私は自分を気まぐれだと自負している。
だから気が向けば人を助ける事もあるし、見捨てる事だってある。

ある人にとっては良い魔女。
ある人にとっては悪い魔女。

それが『魔女』であった私。

だが、それも過去の話ではある。

今はもう魔女ではないとは言わないけれど、私はもっと別の『何か』になってしまっている。

偶然、必然、自業自得、因果応報――さて、どれが当てはまるのか。それともどれも当てはまらないのか。

今更そんな通過点に興味は無いわけで、だったら私を見た人が感じ取った『ソレ』が正解かもしれないし、不正解かもしれない。

つまりは私と言う存在は今や『完全な規格外』になってしまっているという事だ。

人によっては『魔女』であり、別の誰かにとっては『災厄』で、何処かの民にとっては『神』である。

だからと言って私にとってはそんな事はどーでも良い。

私は雛神由依であり、雛神由依は私である。

それ以上でもそれ以下でもないと思ってる。

でもまぁ――それで納得してくれるほど色んなことは優しくないわけです。

「はぁ……ぶっちゃけちょーダルいんですけどぉ〜」

ふざけながら突き出される槍を右手の甲で弾き、軌道を変える。
そのまま槍を掴み、ぐいっと力一杯引っ張る。
そして眼前に迫る男の鳩尾に拳をめり込ませる。
一捻りして押し込むのはサービスです。
悲鳴も上げず、倒れる体の脇を抜ける。

鳩尾ぱんちした奴が倒れるのを背後に聞きながら、ぼんやり突っ立ってる最後の相手の前に立つ。

「……あっ」

「ちゃお〜」

にこやかに手を振っても彼の表情は引きつってる。
むぅ、私のらぶりーすまいるにスマイルで返さないとはなんて失礼な。

口を開閉して何かを言いたそうなので待ってみる。

「く、来るな……あ、悪魔め……！」

「悪魔とは酷いわー。傷つくわー、女の子に向かってそんな酷いことを言う奴は――」

扇を取り出し、それを横に一閃する。

「うわっ！」

すると彼は転倒した。
まるで何かに後ろから引っ張られたように。

倒れた彼の上に軽くジャンプして着地。

「ぐぇ！」

蛙の鳴き声みたいな音がその口から飛び出る。

成人男性の上に可愛い女の子が乗ってるってこれは絵的にはやばいんじゃない？誰サービス？誰でもいっか。

「こうやって襲われたって文句言えないわよねぇ〜」

敢えて蠱惑的な笑みを浮かべてみる。
わー、反応がちょっと楽しみ。

「ぐっ……お、重い」

「――――」

はい、乙女に言っちゃダメなワード頂きました。

すっとそのまま立ち上がり、

「一生モテない呪いを込めた踵落しー」

ブーツの踵を笑顔で鳩尾に叩き込む。
男はしばらく腕や足をばたつかせながら目を白黒させて、やがて力なく四肢を放り出し気絶した。

「重くないわよ。ばーかばーか」

聞こえちゃいないだろうけど言わずにはいられない。
失礼にも程がありますわ。

「さてと……」

一度伸びをして周囲を見渡す。
白い衣装を着た年齢もバラバラな男は四人気を失って倒れている。
殺してはいない。我ながら優しくなったもんだ。

「まさか此処でこの制服を見る事になるとはね」

彼らの着ている白に金色の刺繍の入った、胴衣を私は知っている。

私の存在が『特異』と一部で認定されて以来、何かとちょっかいを出してくる連中。

「こんな所にいるとは――大人しくしていると思ったら自ら檻に入りに来たの？」

『教会』と呼ばれる異端や特異を観察、場合によっては処理する集団。

「あらあら、こんな場所までお仕事ご苦労様」

うんざりするほど聞いた声に苦笑を浮かべ、声の主を見る。

金色の長い髪を一本にまとめ、倒れている連中と同じ白の胴衣。
ただ、その腕には赤い腕章が付けられている。

鋭い視線が向けられるがそんなもの一々相手にしてられない。

「ええ、本当に。大人しく我々の元へ来てくれないかしら？」

凛と響く声は強い意志が込められている。
少女の言葉だと無視できないほどの力がある。
実際に彼女はその発言力も実力も『教会』のトップクラスなのだから納得できるんだけど。

「着いていくとお茶会でもあるの？」

そう問うと少女はにっこりと笑う。実に可愛らしい笑顔。

「お茶はでませんが永遠の眠りならお約束するわ」

「つまんないわね。じゃあいーかない」

元々行く気なんか無い。
あったらこうやって辺鄙なところまで追っかけまわされたりしない。
魔女であり特異な私と教会の人間であり安定を願う彼女たちとは相容れぬ存在。

この会話だってある種の通過儀礼みたいなものだ。

金髪の少女はやれやれと溜め息を付き、腰にぶら下げている剣を抜く。
ぎらっと鈍く光る剣は、何処か神々しくある。

神の加護があるなんて言われれば何となく納得してしまう。
同時に私は笑い飛ばすけれど。
神様なんて私は信じていないから。
いないもの、存在しないものからの加護なんてありえない。

「『特異の魔女』！今日こそこのアルティア・デュラッハが捕縛します！」

その高らかな宣言に私は笑みを浮かべる。