ENo.1396 めいふの

注意）この日記は「焔の月 10日目」のふのさんの行動を記したものです。日本時間では2011年12月22日から2012年１月12日の間の内容になります。

☆　２つの世界の時間のズレと帰省旅行・中編

前回の粗筋 ：ふのさんはお正月には日本へ帰省する事にした。日本とセルフォリーフは時間の進みが異なるので、セルフォリーフの時間軸から抜け出し、日本の時間軸にのっかってしまえば一週間くらいのんびりできるはずだ。ふのさんはスティルフ空港に行き、そこから飛行機に乗って日本に帰る事にした。

☆　ぶっとび交通システム

ぶっとびスティルフを作動させると、ふのさんは魔力の力場に覆われて、すごい勢いで空へと吸い上げられていった。流星が逆に天へ昇るよう。

うわああああああああああ!!

あっという間にキャンプサイトのテントが小さくなって見えなくなった。ふのさんは雲を突き抜けて蒼天の下に飛び出し、彼方の海の果てまでを見渡して、そしてすぐに雲へと飛び込んでいった。びゅおおおと雲を切って飛び、スティルフの街が目に入ったかと思うと、制動がかかり、スティルフ空港脇に並んだクッションの上へと落ちていった。ふのさんはクッションの上でぼいんと一度大きく跳ね、ボフンと顔からクッションに落下した。

「… …」

ふのさんはあまりのめまぐるしさに言葉もなかった。ぐぐぐと身を起こして周りを見渡す。四方の空から飛んできた人やら物品やらが、並んだクッションの上へと、ぽんぽんぽんぽんと落ちてくる。ふのさんは思った。ここはぶっとびスティルフの到着ポイントなのかな。

クッションの上でぼいんと跳ねた冒険者同士が空中でクラッシュしちゃってぐはぁとか悲鳴をあげたり、飛んできた荷物がクッションの上であらぬ方向へとバウンドし、空港の施設にがっしゃーんとぶつかってしまったりと、色々とデンジャラスだ。

なんじゃこりゃ。ふのさんは思った。魔術の力でお手軽にぶっとぶなんてことは日本では見た事はないから、今までセルフォリーフで見聞きした事物の中でも１、２を争う奇妙キテレツ感なりよ。ケータイで写真をとっておこう。パシャリと撮影をすませ、ふのさんはスティルフ空港の中へと入って行った。

☆　スティルフ空港

スティルフ空港はスティルフの町中と似た雰囲気で、外界からの冒険者や、セルフォリーフの各地を移動するビジネスマンなどが、やっぱり色とりどりで、にぎわしい。

お嬢様が飛行機の予約をとってくれているので、ふのさんはその搭乗手続きをしたいなあと思っていた。しかし、ふのさんは飛行機に乗るのも始めてだ。何を手続きするのか微妙によく分かっていなかった。とりあえず、空港のカウンターのエルフっぽいおねーさんに聞いてみることにした。

ふのさんが事情を説明すると、おねーさんは予約済みのチケットをすぐさま発行してくれて、

「次は出世界審査を受けてください」

と教えてくれた。

出世界審査？　なんじゃそりゃ。

おねーさん曰く、禁輸の物品や危険物、動植物、細菌やウィルス、魔術や呪いの効力、セルフォリーフ由来の因果関係が外の世界に持ち出されないように、様々なレベルでのチェックするらしいのだ。

ふのさんはおねーさんに指示されたゲートを進んでいくと、通路に光る幕が連なっていた。光る幕は様々なチェックを行うマジックデバイスらしい。それら幕を順にくぐって行けばよいみたいだ。

ふのさんはもにゅもにゅと淡く光る幕に浸ってはにゅるんと突き抜け、ほいほいとチェックをパスしていった。幕をくぐる時にエラーがでると、おっかない検閲管に質問攻めにされて、かなり面倒くさいらしいのだが、ふのさんには何がエラーになるのかよくわかっていないので、気後れする事なく幕をくぐり、結局、無事に通り抜けることができた。

次は出世界審査官との面接だった。病院の待合室のような部屋に座椅子が並んでおり、旅行者達が順番待ちをしていた。ふのさんもしばらく待っていると、名前を呼ばれた。審査官の小部屋へと入ると、髪がモップみたいなラテンなにーちゃんが待っていた。なんかボブって雰囲気だ。

ふのさんはボブから入国から出国の経緯を効かれたので答えていくと、

「では、出国の理由は、Sakujoですか？」

と聞かれた。Sakujoってなんすか？　

ボブ曰く、何らかの事情でセルフォリーフの冒険者を辞退することを「sakujo」というらしい。Sakujoな冒険者は病気等の止むにやまれぬ事情の場合が多いので、ボブはふのさんの出世界の理由を知りたいらしい。だが、ふのさんは一次的な帰省なのでさにあらずだ。

「No Sakujo！　I am うー Syogatsu！」

ふのさんはただの帰省だと説明する。お正月は家族で過ごしたいのです。するとボブは「よい休日を」とスマイルを浮かべた。

審査官の面談室を抜けると、待ち合いのロビーに出た。これでふのさんは因果律フリーの身となり、セルフォリーフの世界から抜け出る準備が整ったことになる。

出発まで少し時間があったので、ふのさんはお土産屋さんを巡ってセルフォリーフ名物の『春菊クッキー』を買った。春菊をどう使ったのかよくわからないが深緑なクッキーだ。展望ロビーからは空港を見渡せるらしいので、そちらにも遊びに行ってみた。ふのさんは空港をぐるうりと見渡すと、色んな乗り物が目についた。F-15戦闘機もあれば、プロペラの旅客機、飛行船、いわゆるUFOまで、空飛ぶ移動手段は多様そのものだった。

離陸予定時刻が近づいたので、ふのさんは空港のスタッフに導かれて飛行機に乗り込んだ。異世界間移動機能を持った最新の中型航空機だ。座席に座ってぼーっとしていると、にゅおおおおんという駆動音がして、飛行機は離陸した。飛行機は徐々に高度を上げ、窓からスティルフの街の夜景が見えた。橙色の優しい光だ。街の外には明かりが少ないのだが、魔力による発光現象がぽつぽつと見える。

飛行機は水平飛行に移り、越次元の紫の雲に飛び込んで、時空間を飛翔しはじめた。飛翔先の世界は、最早セルフォリーフとは異なる時間と空間を持つ。ふのさんは目を閉じてリクライニングチェアを傾ける。今日は色々あって疲れたなあ。ふのさんはつらつらと道行きを思い浮かべつつ、うつらうつらとまどろみへと落ちて行った。

☆　日本の某市

ふのさんは銀河鉄道線に乗って日本の某市へと辿り着いた。某市の駅には21世紀の日本社会である表側と異世界へと繋がる裏側の路線がそれぞれ乗り入れている。ふのさんが裏側の駅舎の出口を抜けると、目の前には映画館の掲示やボーリング場の看板がまばゆい日本の地方都市の風景が広がっていた。時間は大晦日の夕方だ。

ふのさんはお屋敷まではバスにでも乗ろうかなあと思い、バス停に向けて駅のロータリーをトコトコ歩いていると、風が髪をなでた。轟く風の中からよく知った声がする。

「ふのよ、お前はどこへいくのか？」

ふのさんが振り返ると、道の真中に黒い犬がちょこんと座っていた。黒曜様だ。

「黒曜さまぁー！」

ふのさんは嬉しくなってよたよた駆け寄ってしゃがみ込み、黒曜様の静かな黒い瞳にまじまじと見入ってしまう。黒曜様はふのさんの後見人であり、お屋敷の食客であり、某市の守り神様である。黒曜様は変化の術の使い手でもあり、色んな姿になることができる。黒曜様曰く、神々は人々の望む姿となって立ち現れるとのこと（そして、日本の人々の望みの多様ぶりには呆れ気味で、八百万とか無理難題、とのこと）。今日は『しゃべる犬・黒曜』みたいです。

「わざわざ迎えにきてくださったのですか」
「暇だったからな」

黒犬はひたひたと道路へ進み、一歩ごとに大きくなっていく。道路に出る頃には、黒犬は黒虎のよう。黒虎の艶やかな毛並みは溶けて液面のようになり、姿形をも変えて一台の車に早変わり、黒曜様はスーパーカーに変化した。ガルウィングがプシューと開く。クラクションが鳴り、乗れという事なので、ふのさんはいそいそと黒曜様の助手席に乗り込んだ。

ふのさんを乗せた黒曜様はお屋敷を目指して走り出した。久しぶりに見る故郷の町並みがふのさんの目の前を過ぎて行く。セルフォリーフから、銀河鉄道、日本の地方都市の風景がふのさんの頭の中で渦巻いて、ふのさんはくらくらしてきた。

何だか世界は全てが許されている。びっくりするぐらいに。自分も含めて。

☆　お屋敷で年越しそば

スーパーカーは某市を走り抜け、ふのさんと黒曜様はお屋敷に辿り着いた。お屋敷は山麓に立つ和洋折衷の建物である。ふのさんが降車すると、黒曜様は車から銀髪の子供の姿へと変化した。人間社会で暮らすには、やはり人の姿が都合がよいらしい。

「戻ったぞ」
「ふのでーす、ただいま帰りましたー」

キッチンではお屋敷のご家族が紅白歌合戦を見ながら食卓を囲んでいた。食事の準備が整った席が２つ空いており、ご家族は黒曜様とふのさんの帰りを待っていたようだった。

「おかえりなさい」

ご当主ご夫妻に、家の神様の羽衣様、お嬢様、そして、おばあさまがいらっしゃった。ふのさんはお屋敷の皆さんにおかえりと言ってもらえて、ほっと安堵した。緩んだついでに、ふのさんは敬愛しているおばあさまについつい抱きついてしまう。おばあさまはあらあらと苦笑気味だった。大げさですねぇとのこと。でも、おばあさまの元気なお姿が見れて、ふのはうれしゅうございますよ。

春菊クッキーを仏壇へお供えしてから、ふのさんはご家族と一緒に年越しのおそばをつるつるすすった。そして、セルフォリーフについて話してみると、みな異世界の冒険に興味深げだ。

「せっかくですし、他の食客の皆さんの前で旅行についてお話してもらいましょうか」
「よい機会だし、今日までの旅の成果をレポートにまとめたらいい」

（お嬢様の）お母様とお父様がそうおっしゃった。どうやら、元旦にお客さんやら食客の方々が集る場所があるらしいのだ。ふのさんは何をどうすればよいのかよくわかっていなかったが、

承知いたしました！

と力強く宣言してしまう。こーゆーことは受けてなんぼっすよ。

お母様はお嬢様に笑みを向け、お嬢様はため息をついていた。その様子をみて、ふのさんは思った。ああ、これは、あちしができもしない事を引き受け、その面倒をお嬢様が見るといういつもの流れだな、と。

「お嬢様、あちし、がんばりますよぅ！」
「なんでみんなしてわたしの顔を見るの？」

お嬢様は渋い顔をして今一度ため息をつき、ゴーンと除夜の鐘の音が聞こえてきた。

(正月ネタですが、まだ開けてません。後編に続いてしまうのです)