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** 00週目(その1)
ド オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ
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猛り狂う荒波は、入り組んだ硬い岩盤に幾らかその勢いを削がれながら、 しかし間断なく彼らのところにまで流れ込んでくる。 波が激しくぶつかるその度に、さながら強大な破壊槌に撃ち付けられて歪み、 徐々にその役目を果たせなくなっていく城壁のように、 彼らを守る石の砦は、抉られ削り取られ 頼りなくなっていくような感覚になる。 波飛沫とはまた別に、横殴りの激しい雨もが、時折この海岸の洞窟の奥にまで吹き込んでくる。
水中での生存に適応し、水に濡れる事を意に介さない——ブロンズ・ドラゴンを 祖先とし、その能力を多少なり受け継いだ竜人、"ドラゴニュート"である——彼らだが、 それでもこの状況下において、眼前の光景、即ちうねり、暴れ、打ち付けられては砕け散る 圧倒的大質量の奔流に恐怖を覚えないわけではなかった。
「…ねえ、あなた、やっぱり丘に上がっていた方がよかったんじゃない…?」 2匹の幼い竜人達を抱えながら、美しい青緑色の鱗の竜人『ルートクゥイス』は心配そうに声を掛ける。
「いや、陸はだめだ。この荒れ具合だと向こうもかなり広範囲にまで津波が届いているだろう。 万が一、土砂崩れや瓦礫だらけの濁流に浚われてしまったら私でもどうにもならない」 濃い青色の鱗の『ベルクラッド』——あなた、と呼ばれた、つまり番(つがい)の——は、 洞窟の外、荒れ果てた海の方を向いたまま答え、「今はここの方が安全だ」と付け加えた。
津波の届かないような被害が軽微な内陸に行くには時間がなさすぎた。 小雨が降り、風が出てきたと気付いた時にはもう遅かった、それ程までに瞬時に天候が変化したのだ。
何時治まるかも分からないこの大嵐を凌ぐならば、機を窺って影響の少ない海底へと潜るのが 最も安全だと彼らは知っていた。彼らは——彼らの祖先ほど完全な《水中呼吸》は引き継げなかったが—— 水中で何時間も活動する事が可能であり、地上と何ら変わらず行動する事ができる。 とはいえ、呼吸を行う事、つまり酸素は必要である。彼ら成熟したドラゴニュートならともかく、 孵って数年程度のワームリング(雛)ではそう長くは息が持たない。深く潜るまでに波に負ける可能性も高い。 この洞窟を放棄する事態になったり、安全を得る為に一時的に移動するにしても、それは最後の手段だった。
地上ほど危険性が高くなく、ある程度の安全は確保でき、危機に瀕した際に退避できる… 彼らが避難可能な範囲でそんな条件を満たすのが、この海に面した小さな洞窟だったのだ。
「…大きいのが来るぞ、気をつけろ」
ベルクラッドが呼び掛けた直後、ごう、という音と共に大量の波が洞窟内に注ぎ込まれる。 アダルト(成年)段階で3m以上もある彼らの体長の、胸部に相当する辺りまで水位が上がる。 彼らの背丈の3分の1にも満たない雛達をしっかりと抱き上げながら、 波が引く時も油断せず、最後まで踏ん張りを利かせる。
「…大丈夫か?仔供達は?」 「ええ、大丈夫よ。…大丈夫、怖がらなくても平気よ。すぐにいい天気になるからね…」 ルートクゥイスはそう答えながら、この異常な状況に怯えて震える雛達に優しく声を掛け、背中を撫でる。
長い首を僅かに後ろに向け、家族の姿を確認する。 …全く、いつかとは思っていたが、とんでもない時に起きてくれたものだ。 独り言つ。せめてもう少しでも仔供達が成長していれば、海底で大人しくしていればよかったものなのに。 だが起こってしまった事は仕方が無い。最善を尽くして皆を守り抜かなければ。
そう思った矢先だった。波の音は依然として激しく、しかし一定の間隔で流れ込んできていた。 しかしその時は、少しだが"引き"が長かったようだった。違和感を覚えたその瞬間だった。 海から目を逸らし、妻と仔供達の方を見ていたからだろうか。気付くまでほんの僅か遅れたのかもしれない。 海の方へ振り返ったその刹那、爆発のような水音が聞こえたかと思うと、 その空洞全体を満たしてなお余るほどの大量の波が洞窟に叩きつけられ、掻き回し、そして引いていった。
「くッ…!お前達、無事か!」 水流に足を取られながらも何とかその場に踏み止まったベルクラッドは、再度彼女達へと向く。 「ええ、大丈夫…?…!?」 ベルクラッドとルートクゥイスは血の気を失った。
いない。 いるべきはずの1匹が、彼女の両腕で抱えていたはずの2人の仔供達のうちの1人が、足りない。
「ここにいろ!!!」 怒りか後悔か絶望か、それらが入り混じった声で叫び、ベルクラッドは洞窟の外へと駆け出す。
「イリューザーーッ!!どこだーーーーッ!!!」 荒れ狂う海へと飛び込み、海に投げ出されたであろう幼い仔供、イリューザの名を呼ぶ。 大人・成年と呼べる年齢段階に達している彼らは《波乗り体得》—— 一定時間、通常の2倍の速さで 水中を泳ぐ事を可能にする特殊能力——を習得している。 波に浚われたぐらいなら何の問題も無く追い付き、助けられるはずだった…普通ならば。 しかし今は天地をひっくり返したかのような豪雨と暴風、大津波の最中である。 海流はバラバラな方向へと流れをつくり渦を巻き、海中は数メートル先も見通せない程に濁り、 どんなに速く泳いだとしても、どれだけ捜したとしても、仮にイリューザが幼いながらに 流れに逆らい泳げたとしても、この状況下での発見は絶望的だった。
「どこだーーーッ!!イリューザーーーーッ!!返事をしてくれーーーーッ!!!」 地平線は最早拝む事叶わず、絶えずかたちを変える荘厳な山々のような黒く泡立つ波の中で、 ベルクラッドは叫び続けた。彼は分かっていた。今この海に飲まれてしまっては助けられないであろう事を。 しかし彼は叫び続けた。捜し続けた。それが絶望的であろうと。
約300年に1度、精霊のパワーバランスが崩れ、その"撚り戻し"によって発生する自然災害『カラミティ』—— 今回は"撚り戻し"で水と風の精霊の力が極大化した結果、暴風と津波が彼らの世界に襲い掛かるのであった。
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『カラミティ』から数日後。 漸く気候も安定し、空はからりと晴れ青く、災害からの復旧を始めようと人々が気合を入れようとしていた頃。 短い茶髪と無精髭、中肉中背、肩に剣を背負った冒険者『高村 真(タカムラ・マコト)』は海岸を歩いていた。 あの災害が嘘かのように、海は美しく輝き、砂浜は綺麗な形を保っていた。 少し陸に入ったところの雑木林が台風で倒れた稲のようになっているのとは全く対照的だ。
「やれやれ、いざ遺跡探索!と思ったら『カラミティ』だもんな…それはいいんだがまさかその影響で 周辺が地盤沈下して遺跡ごと崩落するとは思ってもいなかったぜ。全く、仕事にならねえな…ん?」 誰に聞かせるともなく文句を垂れ流していた彼が目にしたのは、1匹の幼い仔竜だった。
「…ドラゴニュート…の幼生か…?…どうしたってこんなとこに…ああ、『カラミティ』か… 可哀想に、親ともはぐれて一人寂しく死んじまうたあな…」 そう呟きながら近寄り、仔竜の前で屈み込む。 ドラゴニュートは所謂モンスター、クリーチャーという認識ではあるが——その種族にもよる話で、 クロマティック種よりも彼ら"ブロンズ"のようなメタリック種の方が——基本的に温厚・知的で 人間とのコミュニケーションにも長けるとされている。 故に、人間達に嫌悪、敵対される事も少なく、隣人として良き付き合いをしているのだ。
「放っとくのも何だしな、ここにこのままってのは忍びねえや… 向こうの丘にでも埋葬してやるか。どれ…よっ、と…。…………ん?んん??」 荷物で塞がっていない方の肩に担ぎ上げた高村は妙な感覚に訝しむ。
「…………マジかよ。こいつ、生きてやがる」 しかし、さて、本当にどうしたものか。心音と呼吸はある、が、今にも消えてしまいそうな程弱々しい。 放っておけば、すぐにでも彼が思い立ち、やろうとしていた事を実行に移さねばならなくなるだろう。 親は…近くにいるのだろうか。そうならば彼らの元へ返すのがよいのだが、そうでないなら…
「…あーもう、しゃあねえな、ったく。乗りかかった船だ。 近くに漁村がある。通り過ぎちまったから分からねえが、『カラミティ』でやられてなきゃあ 医療機関の1つや2つぐらいあんだろ。連れてってやっからそれまで頑張れよな、チビッ仔」 仔竜に負荷が掛からないよう担ぎ直し、来た道を引き返す。
「…んで、こいつ大丈夫なんですかね先生」 海沿いの漁村の民間診療所。『カラミティ』と共にあった歴史から、村全体が多少の災害では 動じないつくりになっている。幾らか被害は受けているが、この診療所は他のどの街でも 同様であろう、『カラミティ』のよる怪我人でごった返してはいるが、被害は軽微なようだった。
「いやしかし助かったぜ先生。亜種も対応してくれててよ」 現在の医療は、人間の他に亜種——所謂獣人・エルフのような亜人種や、 この仔竜のようなクリーチャーまで様々な——の治療もできるような制度を取っている。 ものすごく簡単に言ってしまえば、獣医の発展系のようなものだ。 体制が発足された当時は大いに混乱があったが、今ではこの考え方も広く浸透している。
「あァ、気にすんな。急患はいつでも最優先だ。王族だろうが竜ッコロだろうが関係ねェ」 白髪交じりの初老の男性は、冗談めいた口調で答えながらも手は止めない。 年季の入った、自信に満ちた動作で処置をしていく。
「よし、終わったぜ。打撲と栄養失調って感じか、命に別状はねぇが放っとくとヤバかったヤツだな。 担いで運んでも大丈夫だろうがゆっくり休ませろな。…お前ェさん、命拾いしたなァ、えェ?」 そう言いながら治療用ジェルを染み込ませたガーゼを貼り付け、高村に向き直る。
「お代は高くつくが、冒険者様なら払えンだろ。んじゃ他の患者の処置もあるからワシはこれでな」 「ありがとよ先生。これで死なれたら流石に夢見が悪いからよ」 「折角治してやったんだ、簡単に死なすなよ?」 医師と挨拶を交わし、診療所を後にする。
「…治療したはいいが、道端に置いとくわけにもいかねえしな…」 高村は近くの宿に事情を話し、泊めてもらう事にした。快諾してくれた女将には感謝せねば。 仔竜をゆっくりとベッドに下ろし、自身の荷物も無造作に床に落とす。
「はーもう疲れた。全く、妙な事もあったもんだぜ… 面倒事にならなきゃいいがな…いや、もうなってるか。はっ」 軽く自虐する高村の言葉を、仔竜は薄らとした意識の中で聞いた。
——これが、イリューザと高村の出会いだった。 | | |