◆聖女の銘 　　　《case2.神の教義》 　少しばかり昔話をしよう。 　ソラには学がなかった。 　学びたくとも学べぬ生まれ、その境遇。触れた環境の依存の行く末がこのソラを作り上げた。 　文化の薄い遠い遠い地方の果て。戦乱の最中にあった紛争地帯。隷属が跋扈する地帯。 　彼女は東洋から連れられた奴隷の子らしいが、父親の顔は言わずもがな、母親の顔も知らないという。 　死んだかもしれないし、のうのうと生きていたかもしれない。 　だが別段珍しくもない。古今東西あらゆる世界を見ても文字の文化に触れなかった民層、民族は多様にある。文字に触れずとも武器に触れ、その一生を終えることもあろう。 　ソラはその生き地獄から這い上がった。そうして行きついた小国の片隅で女は願ったのだ。 『平和な世界がありますように』 　土台無理な話である。色香に溺れさせるだけの悪魔がいて、幸福をもたらす天使がいて、気狂わせるだけの頭にする妖精がいて。なおも幸福と程遠い争いがあるのは人の宿業である。狂乱にて争い、恐慌にて暴れ、簒奪にして食らい犯す。永劫変わらない連鎖をそれでも断ち切ろうと女はもがいた。 　海の水を飲み干そうとするかの如く暴挙に等しい。飲み干すだけの力も無く、口にしてみせたとてえずいて吐き出す。よしんば飲み込めたとしても腹を破裂させて死ぬだけだ。 　それでも諦めずに足掻き続けた折、医療部隊として従軍に来た聖職者に憧れを懐くようになった。清廉で犯しがたい、見目麗しく律する姿があまりに綺麗だったから。 　いつしかやせ細った大地で傅くようになった。女は見様見真似で祈るようになった。 　教えを理解できる知能も無く、有難い経典の言葉も知らず、名も知らぬ形式で名も知らぬ神に向かい、如何なる形かも分からんものに。腹を鳴らせば霞を食らい、寝物語に聞こえた仙人を真似る。 　女は貪欲に『平和』を願った。 　偉い僧が通りがかり、仏の教えを説いた。 　名高き神父が巡礼の折、神の尊さを説いた。 　迷える子羊にと聖職者の身着を尼僧より賜った。 　吟遊詩人が旅道中、世に蔓延る伝説を語り聞かせた。 　悪名高い軍属が遠征に出向いた際、唾を吐き捨てた。 　傲慢な貴族が気に食わぬと彼女に暴行を加えた。 　只管動かぬ女を石女と揶揄する貧民がいた。 　憐れんだ平民がわずかな路銀を握らせた。 　女はなおも、自らの信じる神を信じたのだ。 ◆ 時を、戻して。 「聖書はお読みになられますか？」 　日課のごみ拾いを終えたシスターソラは、シスターユキの小言を背中で受け流しながら書庫へ出向いた。先輩シスターから本の整理の手伝いを仰せつかり、一段落して今に至り問いかけを投げられた。 　この教会の書庫室には様々な書物が並べられている。 　メシア、ヤハヴェ、アッラーフ、創造論、終末論、天地開闢。 　一区画の背表紙の題名を見ただけでも大まかな種類はこれだけ。それが所狭しと並べられているのだから途方もないと女は眼を回す。 　とん、と厚手の本を木造りの机の上に立てた。青髪のシスター、ヨルは表面を指先で叩きながらソラへと見せつけ、にこやかに告げる。薄汚れた装幀とその表面には金の刺繍で異世界の文字が刻まれていた。 　この場合の問は「読んだことがあるか」の問いかけであり、読むことを勧めているのではない。 　逡巡して答えあぐねる女に、俺は彼女の脳内へ言葉を反芻させる。 　俺の声はソラにしか聞こえない。だから女が返答を返すこともしない。俯きたった顔を上げて、シスターヨルへの返答を行う。 「いいえ。文字が読めなくて……その、読み書きは」 　女は申し訳なさそうに表情を苦々しく、重く息を吐き捨てて目を逸した。ヨルは小首を傾げて柔らかく笑む。 「そんな顔をせずとも良いです。何も聖書を読めることが神の信仰に必須となるものではありません。信心深い貴女であれば何も問題はありません」 　優しい人だ、とはソラの印象である。底の見えない湖を思わせる。しかしそれで収まってしまってはせっかく出した意思が報われない。 「で、ですが文字を読めないというのも、聊か不便でしょうし。信ずる人々や子供たちへの読み聞かせの会……フェスタも」 　週一で行われる朗読会——フェスタを仕切る役割を見舞われたのだが、如何せんソラは文字が読めない。生まれ育った国の言語の翻訳版を薦められたところで、それすら読み解けない始末である。 「我々は同じ神の信仰者ではないですか。数多の神を読み越えて求道せよ。最果てに行きついてもなお求めよ。 　その先にあるのが我らが信ずる神霊"カイ"にございましょう？」 　神霊とは、平たく言えば死した神である。 　一つの世界における歴史を紐解けば、死後聖人認定される人間を度々見かける。基本骨子はそれと似たものである。神の内、神話(れきし)の中での行いによっては同等の扱いを受ける。男神であれば『神霊(オル・デウス)』女神であれば『神霊(オル・デア)』と認定される。 　 「神は乗り越えられる試練しか与えません。 　カイ様は生きた人間でありながら、努力によって神の座に就かれたお方。"降りた大宇宙を支えた剣"はそれはもう好ましいエピソードです」 『　世界に突如として渾沌が現れた。太陽が破壊され、月明かりも失われ、星々は悉くを砕かれた。 　四つの災厄が大地に降り立ち宇宙を破壊。大地に降り注ぐ宇宙の残滓は地表に降り注ぎ、世界に一条の光を灯した。 　その光条を留める者がありし時、其れこそすべてを祓う銀の刃である。 　勇猛果敢な丈夫は数多の剣で流星を返し、戦神の剣で大地に降りし宇宙を食い止めた。 　再び降り注いだ流星は滂沱の如く人の身を押しつぶす。それでも彼は止まらず戦い続けた。』 「彼はやがて……あぁ、長々と失礼を」 　口元に手を当て、長々と語ったヨルは粗相を仕出かした淑女のようにして眉を下げた。とても耳に通りやすい、静かで、それでいて感情が伝わってくる語り。ほんのりと熱がこもった聲からして、本当にこの話が好きなのだろう。 　瞑想するように静かに聞き入っていた女は、一人の信心者であることを忘れていた。利き手側として、ただ拝聴していた。 　神に仕える聖職者としては未熟な限りだが、シスターヨルは子供を慈しむような眼でソラを見遣り、さぞ満足そうにしていた。 「ありがとうございます。ともかく、幾度の困難を弛まぬ鍛錬を経て、ついに邪なるものを打倒したのです。 　努力を怠らず日々精進を続けた際の踏破、その暁には必ずカイ様の背に追いつくことが叶うのです」 　人はこの功績を称えて、その神を様々な名で呼ぶ。努力神、超越神、マージナル。揶揄とユーモアを取って信者以外からは宇宙神と誤解を招く言葉が選ばれたりもしている。 　——ちなみにヨルの口走った話はほぼ真実である為、オカルティズムに富んだタイトルも、神話らしさのかけらもない外宇宙からの飛来者めいたエピソードも、俺自身否定しきれないのは歯痒い。 　他宗教だが、人々が自己解釈したエピソードの塊である新約聖書ではあるまいに。否、人が営みを続けていれば、旧約聖書のような神秘性の欠片もゆくゆくは薄れるものである。 　人とは何とも不遜ながら、過去の偉業を為した者を忘れてしまう。これもまた人間の業と言えよう。 「これはその一歩目。まずは神々の足跡を見つめ直すために書物を以って見識を広めたいのですが、さらにその前に、準備運動として読み書きを練習しましょう」 　閑話休題。この宗派ではシスターを含む聖職者からの聲が神からのお告げとなっており、試練として扱われる。何も聖職者全員がその権限を持っているというわけでもなく、選ばれたごくわずかな人数に神託がなされる。 　真なる言葉を与える際は、形式的な儀礼の下、ギアスがかけられ絶対の拘束までが一連の流れとなるが、此度は契約的拘束力もなく、ただの目標、意識合わせに過ぎない内容である。 　それでも、シスターソラにとってはこれだけで十分の拘束力が働く。 「シスターソラ、あなたに神霊"カイ"の加護があらんことを」 「はい！　ありがとうございます、シスターヨル」 　シスターヨルはその言葉に対して、下弦の月のように口元を作った。 　　加護を受けし、ソラの身に憑いた神霊は、道化の娘に語ることも出来ない。それがなくとも、きっと沈黙を守ったに違いない。 　はたして、"コレ"についているのが自神(じしん)であると、"コレ"も俺にも思うところはあるのだろうが。 　ともあれ当面は意識の薄いシスターソラへの、人としての目下の目標『文字の読み書きを習得する』がここに制定された。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

ソラは、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。

——辺りは穏やかな潮の流れと、ちらほら入る光で暖かい。
まだまだ遺跡は先へ続いている……。

ソラは周辺を探索…………。

酢の物を手に入れた！

ソラはSSシェルボックス(低)を購入した。

ソラはSSシェルボックス(低)を購入した。

ソラはSSシェルボックス(低)を購入した。

ソラは敏捷を訓練した。
ソラは体力を訓練した。
ソラは体力を訓練した。
ソラは精神を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。
ソラは精神を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。

目的の決定