『遠征船の上で保存食の在庫処分、超高硬度パンとつみれのごった煮』 わいわい声をかけながら、船の上を小柄な人影が行きかう。 いえ、要するに犬人の部下、シーコボルト・シビリアンとシーコボルト・セイラー達が船の整備をしているわけなのですが。 乾ドックに入れて船底の整備までは望めませんが、モンスターの襲撃で傷んだところを直したり、停泊している『暁の追跡者』号と『黎明の従者』号の行き来がしやすいようにロープや跳ね板で接続したりと細々とした改装はたくさんあるのである。 それを見ている私は私でサボっているわけではなく、甲板の片隅にパラソルを広げそこで書類仕事をしていたりします。 ……うん、まだ終わってないんだ……。 船室に籠っているのも気が滅入りますし、部下たちの動きの監督もできる位置で本国への報告書を作成しています。 報告自体は10日に1回、転送陣によって本国からの補給物資と位置の入れ替えで送るのですが、溜めていいことはありませんしね。 ペンを片手にふむ、と口元に手を寄せて思案する。 とりあえずの所、短期目標としては「この地での活動の基盤を手に入れる」 中期目標としては「移住可能な海底設備というものがあるか調査する」 前者としては探索者となり、一時的ではあるが同行者も確保したので当座の所は問題なし。 こういった新しい場所に来た場合、概ねどこにでもいる種族である人間を案内人として取り込むことは、今までの「戦訓」より効果があるものと考えられます。 その人間の同行者もこの地の人物ではないそうだが、知識が同レベルなのは利点もあるのでそこは良し。 ただし探索者のスキルストーンは便利ではあるが、思っていたよりも効果時間は短いので、住むとなるとそれ以外の手段を考慮しなくてはならないか。 7つの海に分かれているので、その調査の進捗次第の部分もあるが、現在の所期待度はＢ−（可能性はあるが相応の労力が必要）程度と考える。 それに伴い、増援も求む、と。 兎に角ネックとしては指揮種が私一人しかいないことか。 指揮種の管制下にない犬人はまともな連携も取れないので、探索には私自身が行くしかない。 私は前衛型でも探索型のクラスでもないし、統率者がいない留守番もいろいろ不安です。 ……そもそも指揮種は2～3役兼任が普通な状況であり、援軍が早い段階で派遣されるとはかなり望みが薄いわけですが……。 はふーと背を逸らせば、もう傘の影も中天近くであることを示していて。 気付けば、メイドも食事の用意をして運んでくる所でした。 超高硬度パン、通称「モノリス」 明らかに食べ物につける名前ではありません。 実際同量の鉄並みに重いく、工具で叩くと金属音が返って来て、「賞味期限：乾燥した冷暗所に置く限り永遠」 投石機に積んで城壁に投げつけたら城壁が砕けただの、取っ手と車輪をつけて防壁代わりに使われただの、256発の銃弾を受けるまでは破壊されなかっただの、いろいろな意味で頼もしい保存食です。 海中で採れる小麦に似た作物を、同海藻の樹脂を染み込ませて加熱圧縮して作るものだそうです。 1個で50人分の食事になるという意味でも便利なのですが、唯一の欠点は「水で脆くなってしまう」ことです。 いやその弱点が無いと、そもそも破壊不能物質になってしまうのですが。 閑話休題。 そんな装甲としても保存食としても頼もしい1品ですが、船倉にあるものは油紙でしっかり包んではあっても、高波等で浸水して少し水気を吸ってしまった物もあります。 それを庫出しして、代わりに現地で新しい食材を仕入れよう、という訳で。 早い話が悪くなる前の在庫処分料理です。 目の前にトレーごと置かれたものを見てみれば、おそらく戻した超高硬度パンと肉団子と野菜を煮込んだものか。 量を作ること、パンの戻しを考えると大鍋料理になるのは自明の理、です。 さて、どんな感じでしょうか。 湯気に混じる香りを嗅いでみれば、かなり強めの香草の刺激臭。 辛い様な爽やかなような……少なくとも、魚の生臭い匂いはしません。 嗅いだことが無い香草ですね、と首を傾げて匙を差し込み、熱々のそれを少し冷ましてから一口。 パンに沁みたスープが冷め切ってなくて、あつつつ、と息を細かく吸って吐いて口中で熱を飛ばし、飲み込む。 恐らく海産物から出しをとったスープに、酢っぱく辛い味に、香草のすっと鼻に抜ける香り。 それらが染み込んだパンが喉を過ぎて、ゆっくりと胃の腑に落ちていくのが熱の動きで実感としてわかります。 すっぱ辛い、という感覚は馴染みがないものの、残り物で作ったにしては案外悪くないか。 続けて匙を動かしてみれば、魚の肉団子に、青々とした細長い葉野菜、白い豆菜、青々とした四方に棘のような形を持つ香草の葉。 色々入っているがスープは濁ってないし、部下のシーコボルト・コックマンはしっかり灰汁取りをしたのだろう。 新天地で張り切っているな、と微笑ましく思いながらまとめて口の中に入れれば、細かくしてから固めた魚肉の滋味、しゃきしゃきとした豆菜の食感、濃い葉野菜の味わい。 安い素材でなるべく美味しく食べよう、そういう努力が見える味わいです。 香草や酸味、辛みはちょっと痛んだ素材でもそうと気づかずに済むための味付けか。 なんにせよ、具がたくさん入っていて、腹の底から温めてくれる料理は有難いです。 少し行儀悪く、椀に口をつけて最後の一滴まで飲み干せば、ほぅっと満足の吐息が漏れる。 犬人は食べるものの種類は気にするけど、料理法はあんまり気にしない。味は勝手に各自で調味料追加して喰え！ そういう傾向があるため、何かと食事では不満があったのだが……クラスにつくくらい集中して経験値を積ませてよかった、と思いつきが形のある成果として帰ってきたことに満足です。 そうして腹を満たしてから考えてみれば、これを機に部下たちに経験値を積ませて、自分の仕事を軽減する方が現実的ですか。 兎に角留守番役はやるべきことを明確に指示して練習させ、探索のお供は生還できれば戦闘経験は積めますし。 そうして適した「クラス」についた部下が増えれば、私の仕事も楽になります！ よーしやるぞ、と気合を入れ直す様子を、メイドも笑顔で見守りながら片づけをしていたが……あれ 「そもそも「メイドサーヴァント」って、内政系クラスだし書類仕事できる……？」 メイドの背中がギクッと揺れたような気がしました。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。