「手記」

島での最後の一日……になるようだ。
それはつまり、わたしの長い冒険の、終着点ということでもある。
もしかしたらまた旅に出ることもあるかもしれない。
母の身体を治す術は結局見つかっていないのだから。

色々なことがあった。
色々なひととあった。
辛いわかれもあった。

ひとを好きになることを知った。
自分の力の小さなことを知った。
仲間という絆の大切さを知った。
朝の光は希望に輝いていることを知った。
夜の闇は安息を与えてくれることを知った。
皆でとる食事はいつも楽しくて、美味しく感じた。
独りの時は、静けさが落ち着きもし、寂しくも感じた。


長い長い、旅だった。

旅が、終わってしまうことが、こんなにも寂しいなんて。

ラストまでこれかよ！！！！！がっかりだ！！！！
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俯いた彼女は穏やかに、ひっそりと吐息をつく。
夢の様な舞台の終幕を見終えた時のように、充足の中にほんの少しの名残惜しさを付着させて。

彼女の言う香りが、あの時託された赤い涙型の香水だと思い当たる。
爽やかに吹き抜ける柚子の香りは、ラストノートがほろ苦く、
男性がつけるには甘すぎる気がしたし、女性がつけるには少し渋すぎる気がした。

今思えば、深い海底の暗闇にいたあの金髪の男がつけていたのは、この香りだったのだろう。
何があったのかは知らないが、ひどく牙の抜けた、
そして何より、こんな柄にも無いものを寄越してきたあの男の真意が、自分には結局最後までつかめなかった。
そう、今、この時でさえ。
この出し抜かれたような気持ちは、彼女があいつに抱かれて帰ってきた時に感じた感情にどこか似ていた。

怒ったような上目遣いで、わざとらしくすねてみせる。
そうやって、彼女は何人に手を差し伸べてきたのだろう。
その持ち前の真っ直ぐな正義感で、何人の男に淡い幻想を抱かせてきたことやら。
自分の事を棚に上げて、そんなことをつい思う。

伸ばされた指を挑発するように取り、自分の頬へ導く。

彼女の手は、温かい。

ばか、と言ってそっぽを向いた彼女が、普段より子供っぽくいじらしく見えて、
こっちを見ていないうちに、取った手を少し強く、自分のほうへ引き寄せる。

間抜けににやけた顔を見られまいと髪に顔を埋めると、春の香りがした。

彼女はとても、柔らかい。

春の桜が咲く季節。
その日向に今自分がいることを、改めて実感する。

子供のような、悪ふざけのやりとり。
そうやって始まって、
そうやって、また始める。

きっと何度でも、
また彼女に恋をする。

彼女の右手を握ったまま、親指で撫でる。
どっちの手でも構わなかった。
だってこれは愚者の宝石ではなくて

窓からスイっと、木の葉のようなものが舞い込む。
マリィゴールドの傍にいた、緑色の紙人形。
すぐそばまで来ると、等身大の煙のようなものになって足をついた。

懐から採取瓶を取り出す。
薄灰色の包から赤い涙型のそれが、あの日のまま、仄かな香りを湛えている。

それを紙人形の靄に吹きかけると、俄にそれが質量を持ち始める。

腹に触れると、血に染まった手でヒトガタの腹に触れる。と——

モスグリーンのリブニットハイネックに、黒い革手袋。
ベリーショートの茶髪に赤い目の男が現れる。

気持ち悪いぐらいよくできたもんだな、と無表情なヒトガタの肩をぺたぺたと叩く。
いい時間稼ぎにはなるだろう。

顎を指先で持ち上げる。

唇にそっと触れるだけの、優しいキスをした。