樹上から滑り落ちる。

頭上では、翼と枝葉をぶつけ合う音が、喧しく響き続けていた。
この場に居続けては、再び追い立てられんとも限らぬ。


強かに打ち付けた尻を、撫で擦りつつ起き上がると、急ぎ場を後にした。


*　*　*


この世界に来てより、碌な食料を確保出来ていない。
生態は豊かだが、その内実は凶暴性と攻撃性を以って占められる。
動物は強く好戦的であり、植生に至っては狂気に満ちている。

先程も枝上の鳥の巣を狙ったが、黒眼鏡を掛けた巨大な鸚鵡に叩き落とされた。


唯一まともに採れるものと言えば、花冠が釣って来る川魚くらいのものか。
だが、数は少なく、大きさも満足出来るものではない。


魚ばかり喰らっていては力が付かぬ。
肉身も細々としていて脆く、骨ばかりが多いのも不満の素だ。

ここ数日、喉の奥に違和感を感じるようになった。

恐らくは、魚の肉身の粕が溜まり、こびり付いているのであろう。


喉に手を当てると、ゼィゼィと不可思議な音がする。



実に不快だ——



*　*


こちらの世界に来てより、勝負事で勝った試しが無い。
戦い続けるごとに、相対する者の強さよりも、自らの衰えを痛感する。

戦う程に衰え、萎え行く身体ならば、果たして死も間近となろうか。


息を切らせ進む脳裏を、穏やかならぬ思考が走り、そして消えて行く。

空腹で走り続けたせいか、いやに思考が安定しない。
頭だけではない、身体全体に妙な浮遊感を得ているようだ。


否。
存分に身体は暖まったにも関わらず、時折り全身を悪寒が走る。
果たして、今の季節は如何ほどであったか。


そもそも、何故こんなにも必死に疾走している？



*　*　*


茂みの向こう、川辺に花冠の姿が見える。

水面に手を浸し、相も変わらず静謐を周囲に湛えながら。
傍らには釣り竿が置かれ、籠は僅かに揺れ動いている。

朦朧とする意識を振り払いつつ、歩を進める。

両脚を進めるだけの行為が、いやに重い。



その最中、爪先で何かが弾けた。

同時に身体は重心を失い、つんのめったまま前方へと。

砂利を敷き詰めた大地が、迫り来る。



——瞬間、眼前が眩い光に覆い包まれ、一切の音が消えた。

『これは失礼。私は通りすがりの魔法使いさ。』

なおも変わらず、男は涼やかに笑って見せる。世迷い事をのたまう狂人のように、しかし態度は非常に落ち着きを放っている。

『ふむ、そう悲観する事はない。もしかしたら私の鼻が利きすぎているだけかもしれないからね。あるいは単純な実力差でもあれば、嘆くのに時間にかける必要は無いさ』

両手を広げて肩をすくめる。プライドの高い、高圧的物言いのあなたに出さえそう易々告げる。

『うん？　私は竜のすべてを愛している。牙も鱗も肉も翼も、それが無い種も……血液の一滴だって甘受して受け入れられる。
　———ところで知っているかい。人間がどうやってすべての生き物を押しのけて種の頂点足りえるかを。
　人は非力だが、数では勝る。物量で押すゴリ押しも、人の数だけ頭のある知恵者をひねり出して勝ち筋を見つけ、策を弄する姦計も思いのまま。
　そして同時に人間は皮を被った強欲の権化だよ。望まぬモノを屈服させる事に愉悦を感じる下衆な種だってさ」

対照的に、楽しげに手を広げ、フィンヴェナハを舐めるように眺めて嗤っていた。

心底不思議そうに、事実そうであることを隠しもせずに彼女は首を傾げた。

少女はすぐにわたわたと手を振って言葉を連ねた。

曖昧な笑みを浮かべて、

ぷらーん

諭すでもない。
ただ語るだけ。

そう言いながら、視線を外す
完全に泳いでいる視線を隠すかのように、歩きながら話そうと促し
ゆっくり歩を進める

最後の方に進むほど、声は小さくなる
やがて

突然、怒り始める

フローラは背の高いあなたに目線を合わせようと、無謀にも上下にぴょこぴょこ背伸びしている。

興味津々といった様子で、目を輝かせている。
あなたの背後に尻尾が見えないだろうかと、こそこそ伺ってもいるようだ……。