狂人の精神に、僅かに残していた最低限の理性を犠牲に狂骨は怨んだ、
自分に首輪を付けた黒い光を、自分を利用した黒い光を。

結果として、狂骨の発した莫大な怨みの思いに黒い光は対処しきれず、ついぞ狂骨の首輪を手放した、
しかし同時に、その莫大な怨みに呼応して、呪いは牙を剥く。

元々狂っていた精神を更に狂わせながらも狂骨は、意外にも冷静に、自らに残った時間が幾許も無い事を理解していた。

呪いの負荷に耐えられず、骸の身体が軋みを上げる。


——— ああ きっと 自分は呪いにくわれるのだろう

狂骨は思う

——— ああ ならば 殺さなくてはいけないな

狂骨は思う

——— ああ そうだ 独りでしぬのは寂しいからな

狂骨は思う

——— ああ 殺そう だいすきな 殺しをしながら死んで行くのはさいこうだろう

狂骨は思う

——— ああ 殺そう 道連だ 王様も れんちゅうも 憎い奴も そうじゃ無い奴も

狂骨は思う

——— ああ 殺して　　殺して 殺して 殺して 殺してしまえ

——— ああ 何もかも　俺が死ぬまで　道　連　だ　


狂った精神がもう一度狂った所でそれは、真面になる事など有り得ない。


前へ、前へ、前へ。

力尽きるまで、殺せ、殺せ、殺せ。

前へ、前へ、前へ。

殺せ、殺せ、殺せ。


呪いの疼くまま、歩みを進める狂骨は、
怨みの元なるあの男、王の臭いを色濃く残す、漆黒の騎士を打倒し、
礼拝堂へと足を踏み入れる。


一人ぼっちの男が、一つになった花と竜が、一匹だけの黒猫が、狂骨の背を付いてくる、
黒い思いの影までも、未練たらしく追ってくる。

ああ、それでも、邪魔にならねばそれで良かった。
今際の自分が最後に思った願い、その助けになるのなら、それで良かった。


蝋燭を乗せた厳かなシャンデリアが右に左にゆらゆらと揺れる、
その度、蝋燭の暖かくも妖しい光が壁を、床を、照らす、
それはまるで光の波のようで、優しい笑みを浮かべた彫像は、波の中、ただ静かに揺られていた。

がちゃ、と言う暴力的な鉄音が、その静寂を斬り裂く、

狂骨が切っ先を礼拝堂の奥に向ける、そこには派手なステンドグラスを背にした四人の人間が憮然と立ちふさがっていた。

狂骨は今まさに殺しに行く姿勢である、しかし、その四人は全く動じていない。

今まで狂骨が襲ってきた者は、皆狂骨が襲いかかると動揺した物だ、
焦りか、驚きか、恐れか、怒りか、諦めか、その中身に差はあれど、大なり小なり精神的な揺らぎがあった、
その揺らぎが、この四人には無い。

まるで、"襲いかかって来るのを望んでいたかの様に"


シャンデリアが大きく揺れて、礼拝堂の中を風が吹き抜ける、黒猫が飛び出した。

揺れるシャンデリアから火の付いた蝋燭が落ちて、礼拝堂に火の手が上がる。


火を踏み越え、刀を鳴らし、迫る狂骨に、

冷徹な銃口が狙いをつけた。