収穫の終わりに、鹿矢は農民達に囲まれた。
皆冷や汗を浮かべて何か言い募っている。

怒号交じりでよく聞き取れない言葉を纏めると、あの骨の男が農民を数人斬り殺して姿を消したと言う次第だった。

何も知らない。言いかけて、男に胸倉を掴まれる、
瞬間、男が炎に呑まれた。

突然現れた赤い人柱に、農民たちは仰け反り、驚き、混乱する。
青年が振り向くと、少し離れた距離で、火薔薇の少女が、熱気でうねる真っ赤な薔薇をこちらに差し向けていた。

数瞬早く状況を理解した農民の男が、青年の隣を駆け抜けて、少女を取り押さえ様と襲い掛かる。
咄嗟に、弓を番えて、射っていた。
矢は風を切り裂き、男の肩口を貫く、男はそのままうつ伏せに倒れる。少女は顔色一つ変えない。

人を射った経験が、無い訳ではなかった。
元の世界に帰るためと割り切って、何人か射倒した。

しかし、それでも慣れるものではない、慣れる訳が無い。

逃げ始める農民達がいた、それでも何人かはまだ怒号を放ちながら向かってくる。

鹿矢は、決して小さくない罪悪感を解き放つように。矢を放った。





小さく開いた、扉の隙間から飛び出た刀が、あっ、と言わせる間も無く、男の体を貫いた。
背中にぱっ、と血の花が咲いて、刀が抜かれるとそのまま仰向けに倒れる。

ソファに座ったまま、その様子を目にした少女は、状況が理解出来ずに呆然としたままである。

扉が、風で押されるようにゆっくりと開いていく、その驚ろ驚ろしい様子は、扉の軋む音すら化け物の唸り声に聞こえるようだった。
扉が開いていく、刀が見えた、持ち手が見えた、腕、肩、見えた。只管に白い。

完全に開き切る、生暖かい風と共に姿を現したのは、

骨の体に赤い片目の、見覚えのある"化物"だった。

化物は、床に転がる男を跨ぎ無遠慮に部屋へ足を踏み入れた。

男はまだ息が残っていた、血を吐き、体を痙攣させながら、化物を食い入るように見続けている。
即死していないと言う事は心臓は無事だろう、しかし、肺をやられている、呼吸が出来ていない、息の代わりに血を吐いている。
恐らく、助からないだろう。

化物は、苦しむ男等眼中にないように部屋を見回した、すぐに、鳥篭に入った私を見つけて、うひゃひゃ、と小さく笑った。
化物がゆっくりと歩き出し、強張る少女の前を通って、鳥篭の目の前まで来た。
化物の視界から逃れた少女は弾かれるように動き出し、倒れる男の体に縋り付いた。

「よお 久しぶりだな　快適そうじゃないか そこは」

刀を肩に抱え、化物が、彼が、すこぶる機嫌の良さそうな口調で話しかけてきた

「快適だよ、風通しが良いからね、この狭さも落ち着く。けれど」

"少しばかり腹が減ってしまった"　そう言うと、彼はにやりと笑った。
籠が、大きく揺れる。
籠は中心から少しずれた位置で、縦に両断された、もう数ｃｍずれていたら私も一緒に両断されていただろう。

無駄に危険な事をしてくれる、心内でぼやきながらも、同時に少し安心した、
この農場で、少しでも丸くなってしまったかと思ったが、そんな事は無いようだ。

「さて、これからどうするのかね？挨拶の仕方からして、真っ当な帰宅の準備をしている訳じゃあないんだろう？」

籠から抜け出しながら、尋ねた。

「今頃 騒ぎになっているだろぉなぁ」

「それは、それは。」

「平気さ　俺の姿が見えないとなれば 真っ先に訝しまれるのは "彼奴等" だろう　何せ一緒にぶち込まれて来たんだからな
　まず彼奴等に当たってみて　それから俺を探す　時は十分稼げる」

「なるほど。」

彼奴等。
カノヤ、ハーカ、マリアの三人だろう。
彼に誘われ、共に侵攻し、共に悪事を働き、そして共に落とされた。

三人の目的はあまりはっきりと見えない。
誘われたとはいえ、何故彼のような男について来るのか、直接聞いてみたいと思った事もある。
最近になって、唯一カノヤだけは、大金が必要なのだと言う事情が見えてきたが、
後の二人は全くの謎であった。

ただ、三人とも彼に付いては来るものの、彼の事を全く信用していなかった。

彼もそれは分かっていて、だからこそ一人で事を起こしたのだろう。
協力を仰がず、ただ利用するためだけに。


彼の視線が、いつの間にか他所を向いていた。

倒れたまま動かない男に、縋り付いて泣き喚く少女。
男は、動かない。身じろぎ一つしない。男は死んでいた、怨みは感じなかった。
ただ、無念だったのだろう、少女の頭にそっと置かれた男の手が、それを静かに物語っていた。

かた　かた

「腹が減ったと言ったな　黒丸　待っていろよ すぐに飛び切りのを馳走してやる」

「気持ちはありがたいが。」

「手早くやるよ」

乾いた音を鳴らし、他所を向いたまま彼が言う。
ああ、やはりな。という思いだ、少し不憫だと思う気持ちもある。

しかし、仕方が無いのだ。これは、仕方が無い事なのだ。






「これって、正夢って奴？」

弓を小脇に抱え、鹿矢は呆然と立ち尽くす。
地に刺さった数本の矢、そして藻掻くようにうねる火柱が立っていた。

つい最近、夢を見た。
人斬りを続けて、身も心も悪に染まった自分の夢。
あの夢の自分は、今でも鮮明に覚えていて、
まるであの骨のように、返り血を浴びて冷笑を浮かべる、夢の中の自分を思い出す度に自己嫌悪と強い不安に襲われる。

このままで、良いのだろうか。

金の為とは言え、人を射倒した。
殺してはいない、しかし、人を襲って金品を奪った、だからこそここに居る。
そして今、正当防衛に近いものとは言え、人を射倒した。

理由は多々有れ、こんな事を続けていたら、この世界にずっと居続けたら、
本当の本当にあの夢が正夢になってしまうのではないか。

そんな漠然とした不安がじっとりと纏わり付く。

自分はこれからどうすれば良いのか。

「大丈、夫？」

考え込む仕草が、怪我をしているようにでも見えたのか、
火薔薇の少女が心配の声を掛けて来た。

「ああ、うん、大丈夫。全然平気！」

言ってから、助けてくれた礼を付け足した。
薔薇の少女は表情を変えず、そう、とだけ呟いた。

この少女は滅多に表情を変えない、この顔で人の心配をすることもあれば、先のように躊躇い無く人を燃やす事もする。
しかし、感情が無いと言う訳でもないのだと、最近になって気付いた、
自分と話しているときに希薄ながらも微笑んだりするのだ。

「でも、これからどうしようか。あのおっさんも、やってくれるよ…。」

抵抗した結果とは言えだいぶ派手に蹴散らしてしまった、
しかも元の原因は身内にあるらしい、このままのんびりとしている訳には行かなくなった。
あの、骨のせいで。

マリアさんはどうしているのだろう、この場にいないが、同じくここに送られた、天使の女性。
彼女も自分と同じように襲われているのではないか。
あの、骨のせいで。

巡る思考に、どうしてもあの薄気味悪い骨への不満と怒りが滲んで考えが纏まらない。

ふと、足元に熱気を感じて視線をやると、
地面に、赤い火薔薇の花弁がどろどろ蠢いていた。

「うわっ！ナニコレ！」

思わず片足を上げて驚く。
火薔薇の少女は何でも無い様な顔で蠢く薔薇を見つめていた。

「あの人の、所に、行く、の。あの人、が、始めた事、だから。」

紅く爛れた蠢く薔薇は、どろどろとどこかに向かって動き始めたようだ。

「どうしたら、良いのか。きっと、あの人、が、知って、いるわ。」

「その薔薇が、あのおっさんの居場所知ってるって事、かな？」

火薔薇の少女が微かに頷く。

「この、子。燃やした、もの、覚えてる、から。」

それだけ言って、彼女は火薔薇の後をゆっくり追って行った。

また、彼奴に付く事になるのか。
きっとまた、彼奴に詰られながら、悪事に手を染めることになる。
あんな身の細るような思いはもうたくさんだ。

けれど、それ以上に、早く元の世界に帰りたい、あの娘に会いたい。
そう言う思いが強かった。


空を見上げる。

空は同じく青いのに、どうしてこんな苦労をしているのか。

虚しさを追い出すように頭を振って、小さな赤い背中をとぼとぼと追いかける。


甘いものが食べたい。

空っぽになった頭で、ぽつんとそう思った。