音楽室を予約した最初の日…リナは、まずピアノに向かった。
まずは分散和音を奏で、音程を確かめる。楽器屋の主人の仕事は確かだった。

「…うん、いい感じ」

そして、リナは曲に取りかかり始める。
　リナはピアノは専門ではないが、音楽を学ぶための高等教育機関に入学するために、それなりにレッスンを受けている。超絶技巧を求められるような曲でなければ、ある程度表現の色をつけることも出来た。
ただ、リナの演奏は基本的にメロディを重視する方向に偏っており、メロディと伴奏を対等に鳴らし、立体的な響きを作るという彼女の世界の現代の風潮からは離れている。例外が、彼女の故郷の民族音楽に根ざした曲だった。恐らく、彼女に音楽を教えた父親が、彼女の住まう国の民族音楽の源流を作ってきた、数多の少数民族の血を引いていたためだろう。

燦々と照りつける太陽。青空を悠々と舞う海鳥。大小の波を作り、様々な色を映す海。
その全ての情景を、彼女はピアノで表現してみせた。メロディを浮かせず、伴奏に埋没させることもなく、密接に絡み合わせながら、その曲らしい表情を、見事に引き出していた。

「………うん、全然いけるじゃない」

曲を弾き終え、満足げに息をついたリナは、

「それじゃ、次は声の方！
思いっきり声を出せる環境は久々だし、楽しまなくちゃ！」

と、何か端末機器のようなものを取り出し、立ち上がった。