黒騎士の鎧が音を鳴らし床へと散らばるとほぼ同時にサイの身体は力なく崩れ落ちる。
戦闘中、サイの身体から立ち昇っていた白い靄は辺りに霧散した黒い霧と対照的に人に似た形へと整い始めていた。
サイの倒れ伏した視界はボヤけ、白い影に覆い尽くされた。
———思い出した。
その言葉は紡がれる事無く、サイの人生は終焉を迎えた。


サイと契約を交わしたエンジェルはかつてとある島で探索者の真似事をしていた。
その目的は自らの親とも言える存在を殺すための兵器の回収であり。
またその兵器の成長を早めるためであった。
島には豊富なエネルギーが存在し、それを収集する事が効率的であった。
しかしその島は消失し、当時島で活動を行っていたモノは全て波に流されてしまった。
ただ波に流されたモノも居れば、ウルドスピンと呼ばれる事象に巻き込まれたモノも居る。
エンジェルは後者であった。
しかしこれはエンジェル本人の意図的な事であり、自ら飛び込んだと言ったほうが正しいだろう。
ただ波に流され流れていくのでは追跡を振りきれる物ではないと考えたからだ。
”虚無”である彼女は”叫び”を抱きながらウルドスピンという揺り籠の中で共に眠りについた。
彼女はわかっていた、この分割世界の何れかに流される事が。
元が同じであるこの分割世界は未だ知られぬ世界もあれど、何処の世界であろうともこの栄養源と同種のモノが存在すると。
そうして流れ着いた分割世界の１つがメルンテーゼであった。
時間軸のズレ等によって彼女とその兵器は良くも悪くも変化していた。
島で得た栄養は些か減っていたし、兵器は未だ眠りについたままであった。
どの程度ズレたのか、進んだのか、それとも戻ったのか。
兎も角未だ自らの姿を晒し活動するには問題があった。
そして目を付けたのがメルンテーゼに生息するというエンブリオという存在だった。
個別の名も無く、いいかげんな存在であり、現地の存在には馴染み向かい。
身を隠し、更には栄養を補給するには都合の良い存在だった。
彼女はそれにカタチを変え、兵器はその内にしまいこんだ。

やがてメルンテーゼで得られる栄養を知る。
ネクターと呼ばれるモノだ。
ネクターは呼び名と生成は違えど、かつて島で得られた栄養でありマナとほぼ同質であった。
そしてそれを一箇所に集めている存在が居る事を知る。
そのときはまだ、この騒動が始まる初期の頃の事だったが、当然の様にその場所へと向かった。

この時すでにエンジェルは幾人かの人間と契約をしては契約者の生命を吸い上げ殺していた。
また、エンブリオ側からの強制的な契約の方法も修得していた。
本来、そこまで知能や能力の発達したエンブリオは滅多に存在していなかったのだろう。
この世界の文明はあまり進んでいるとは思えなかった。
まるで悪魔との契約の様に御伽話として伝えられる程度だったのだろう。
自分と同時期に、数は少ないが同じような事をしている同業者が居る事も知った。
おそらくは自分と似たような状態であると察するが、それは彼女にとってどうでも良い事である。
どうせあの島から流れ着いた力のあるそういった存在の成れの果てだろう、と。

ネクターが集められている場所に向かい、とある障害に阻まれ脱出する途中に死体が幾つか散乱した場所で不意に足が止まった。
数は５つ、だが１つだけ僅かに息がある。
見てくれは酷いモノであったが、その状態で息がある事が少し気に入った。
混濁した意識で何か無念めいた事をぶつぶつと零している。
こいつなら、またここまで戻ってくるだろう。

エンジェルはこうして新たな宿主を見つけた。




彼女は今此処にサイという宿主のネクターと生命力の全てを奪い。
目的の場所へと再び降り立ち足元に転がる”元”宿主である死体を一瞥しにやりと笑った。