※この日記は前回のENo.380のメッセからつながっています。
また、この日記はENo.72、ENo.380、ENo.1058とリンクしています。
内容は同じですが、各々の主点から述べたものになっています。


　魔物との戦いに敗北した。

　自分の専売である単独戦闘での敗北。
不運が重なったとはいえ、この二文字はあたしの自信を大きく削るのに充分だった。

　意気消沈しながら森の中を歩いていたら、見知った顔を見つけた。サイネルさんだ。
以前に会った時とは随分様子が違っていて、あちこち怪我をしていた。相当重傷だ。
助けを申し出たけど、化け物がいるから巻き込みたくないのか、
サイネルさんはあたしの申し出を跳ね除けようとする。

　…でも。


「…化け物がいるっていうなら、尚更放っておけるわけ無いじゃないッスか」


　真剣な面持ちで、サイネルさんに対して応急処置を施し始める。


「…それに、この近くであたしの仲間と待ち合わせをしてるんスよ。
…その人ならもっと上手く傷の処置ができるはずッス。…だから」


　応急処置を終えて、相手の眼を真っ直ぐ見据えて——


「一緒に行きましょう、サイネルさん」


　しかし——


「…そう、だな。お前はそういうヤツだったな」


　サイネルさんは呆れたような顔をして、あたしから目を逸らす。


「…だからこそ、騙し甲斐があるってモンだ！」


　相手が怪我をしている腕に、自身の腕を強く掴まれる。


「結構根に持ってんだぜ…あの時テメェを食い損ねた事をよ」
「なぁ…教えてくれねえか？狩られる側の気分を、よ！」


「…！」


　言って間もなく、そのまま掴まれた腕を思い切り引っ張られ、木に叩きつけられた。


「…ッつぅっ…！」


　体格差もあり、まともな抵抗も取れずにモロに衝撃を喰らった。呼吸がとれず、咳き込む。
それでもあたしは、自分を叩き付けたその腕を離さなかった。


「…なっ…んで、」
「なんでそんな、嘘をつくんスか…」


　何とか声を搾り出して、言葉を発する。このまま彼を放っておくわけにはいかない。
酸素が足りず、重い頭をなんとか上げる。


「今のサイネルさんの眼は…すごく迷っていて、悲し、そうで……さっきだって先に眼を逸らして…ッ」


　そこまで言ってまた呼吸が乱れ、また顔を俯け、咳き込む。咳き込んでなんていられないのに…！


「……ハ！テメェが何言ってんのか、まるで理解できねーな」


　搾り出すように嗤った後、サイネルさんのもう片方の手から黒い液体が滲み出る。
その黒い液体は仮面の形に固まって、彼はそれを、己の顔に被せた。


「………」


　黙ったまま、言葉を発しようしない。…わかっている、わかっているからこそ、彼は何もいえないのだ。


「…っ」


　地面に叩きつけられるように振りほどかれたが、今度は動きを予測できたから受身をとって、言葉を放つ。


「…"わからない"、…それはこっちの台詞ッスよ…」


　怒気を込めた声でそうつぶやく。


「わかってるんスか、…いや、1番あんたがわかってるはずッス。
…サイネルさん。…このままだと、あんたは死ぬかもしれないんスよ。」


　きっぱりと言ってやる。ゆらっと立ち上がりながら、まくし立てるように言葉を続ける。


　「少なくともサイネルさんは死ぬつもりがない。なら、あたしを利用してでも生きるべきじゃないんスか、」


　少しずつサイネルさんのほうへ歩みを進める。


「あたしに恨みがあるなら、邪魔な存在なら、さっさと得物を使えばいいのにそれもしない、」


　徐々に間隔を縮めていく。


「今だってその仮面で素顔を隠して、感情を読まれるのを恐れて、何も言えないでいる…」


　そして、彼の前に立ち、毅然と言葉を発する。


「…お願いだから、素直に助けを求めて…、いや…あたしを利用してください、サイネルさん。」


　彼は元の世界での、助けを求めたくても、誰にも助けを求められなかった、彼らにそっくりだから。
見過ごせない。見過ごしたくない。


「あたしは大丈夫ッスから、」


　できうる最大限の笑みを浮かべて、手を差し伸べた。





「化け物と戦うのは、慣れてるッスから」






沈黙が流れて——


「……自惚れんな。俺を嘗めんなよ…”ミクネ”」


　さっきまでとは違う。仮面を外しながら、強い意思をもった瞳でこちらに言葉を告げる。


「俺は一人でも平気だ。最初からそう言って……」


　刹那、サイネルさんが言葉を言い終えるよりも前に、辺り一帯が一瞬にして暗くなる。
思わず上を見上げると——そこには竜化したクライさんがいた。


「クライさ———」




　でも、明らかに様子が違う。




　いつも温厚なクライさんの眼は、怒りの色に、瞳の色が翡翠から紅に染まっている。
そして、その殺意すら込められている瞳は、サイネルさんを捉えていた——


「違うんス、クライさん！この人はただ怪我をしてるだけで——」

「……お出ましかよ、クソバケモンが」


　自分の体が急に宙へ浮かぶ。どうやらサイネルさんの肩に担がれたようだ。
…どういうことだ、さっきのサイネルさんの口ぶりだと、彼はクライさんと面識があるのか？
それも、"化け物"として？そんな場面が今までにあっただろうか？
…あるとしたら、やっぱり、あの夜の———


「うぁっ？！」


　咆哮が響いた後、突然投げ出され、地面に叩きつけられる。


「痛っ…、！　二人は…？！」


　二人の方を見やると、互いに鬼気迫り、対峙している２つの影があった。
そして、両者共に、その姿かたちを変容していた。





右手の甲に、鋭い痛みが走っている——





　サイネルさんの首元には赤いマフラー、顔には先ほどの仮面をつけ、
全身は謎の紋様で金色に光輝いている。




右手にはめたグローブから、光があふれ出ている——




　クライさんにも同様の紋様が浮かび、その輝きを溶かすように、
甲殻は白金色に強くまばゆい光を放っている。

　緊張と強大なエネルギーによってはりつめた空気は、正に一触即発の状態で。


「ふ、ふたりとも落ち着いてほしいッス！お互い誤解してるだけなんッスよ！！」


　とにかく争うのだけは止めなくては。大声で叫んで呼びかけるものの、
こちらの声など全く耳に入っていないようで、
両者ともに睨み合ったままである。
　そして、騒ぎによって刺激をしてしまったのだろうか、
魔物の気配がこちらへ向かってくる。


「…っ、なんでこんな時に…っ！」


この場を乗り切り、なんとしても、二人を止めなくては。
あれだけの力がまともにぶつかり合えば、二人はただではすまない。

すぐに終わらせる———

そう心に強く唱え、弓を構え、魔物の襲撃に備える。






















右手に浮かぶ紋章の痛みとともに、胸を強く締め付けられながら———

青年は少し眉を顰め、そのまま続けた。

珍しそうな目で見ている。

そういいながら許可をもらったのでフレアサンダーの頭をやわらかく撫でる。
手は、漂う冷気からは感じられぬ、人の温もりがあった。

などと開き直ったことを供述しておる不審者。

すうっと息を吸い込み

叩きつけられた尻尾を押し返す人影。
貌には黒い仮面、首には赤い布。そして腰には、クライカリオスが残した術式の文様。
サイネルの全身は、あの時のように変質していた。

ミクネとクライカリオスの関係を知らぬが故に、サイネルは激怒する。

腰の術式から全身に広がる光の線が、一層輝きを増す。
それはまるで遠く輝く星を、間近で直視するかのような輝き。
そのエネルギー量は、術式を焼き切るような量で……

男はミクネを放り出し尾の一撃を受けて倒れ伏した。
今ならば、ミクネを連れてこの場を去る事も不可能ではないかもしれない。
そう思いつつも、男を放置する事に対する危険性を本能的に感じて竜は土埃の向こうに居るだろう男を睨め付けた。

——…と、声が聞こえた、次の瞬間である。



ドクンッ



全身を震わせる力の流れに意識が揺らぐ。
感じるのは膨大な命の輝き、光の螺旋。

この感覚は先日術式越しにあの男から奪い取った物と類似していたが、意識的に喰らったあの時と今は異なる。
あまりにも唐突に流れこんできた強い生命エネルギーに精神が一気に過負荷を受けて悲鳴を上げた。



いけない。

このままでは。



揺らぐ体の感覚も曖昧なままに必死に意識を繋ぎとめようとする。が、男から迸る生命力を背に残した術式が否応なしに感知し起動しているのだろう。止める余裕もない内に流し込んでくる濁流の様なソレに、完全に意識が吹き飛ばされ——……




金は、光に溶けるように……白色金へと染まった。

やっと魔物を殲滅するも、もはや両者は満身創痍になっていた。

いざ争いが収まると、なぜ二人が争っていたかよりも、
自身に浮かんだ"神の紋章"のことが気がかりで——