『ありゃありゃー、こりゃまた死人みたいな声してるねー紫鯤さん？』

電話越しの声は間延びしていて、聞いていて気持ち悪くなるぐらいに明るい。黄色いと言ってもいい。
この声を聞くと、私はいつもげんなりする。

「……ライ、私のことは気にしないでよ。もうちょっと静かに喋れない？
　さっきから頭が痛くてしょうがないんだけど」

無駄とは知りつつ言ってみる。けらけらと更に甲高い笑い声が鼓膜を突き刺した。

『ご機嫌斜めなのー紫鯤さん、似合わないよー？』

彼女は……森田ライは、私が家を飛び出した頃に知り合った情報屋だ。よく分からない、適当ですらある名前は十中八九偽名だろう。間延びした明るい声はとにかく胡散臭くて、私も完全には信用していない。
だが、こと魔術師の業界において彼女は、断片的ではあるが確かな情報を持ってくる。
私は彼女に、私の実家の実状を調査するよう依頼していた。
実家を飛び出してからと言うもの（特に『帰れなく』なってからは）私は彼らが一体今何をしているのか知る術を持たなかった。実家の連中はあの子を諦めてはいないはずで、今だって後ろ暗い研究を続けながら、あの子を狙っているに違いないのだ。
あの子を探しながら実家の情報を得るにはどうしたらいいか。私がそんなことを考えていた時に、突然ライが接触してきたのだった。それ以降、彼女からは私の実家の過去から現在までの『研究』と『動向』についてが、時折書簡で送られてくるようになった。情報料の支払いはスギに頼んでいる。生活費の一部と偽っているのが心苦しいが、私の暗部を彼に知られるのが嫌だったから、スギにはライの存在を伏せている。

『人斬りにあったんだっけー、災難だったねー？』
「……そう、だよ。おかげで未だに、体調が良くないんだ」

私の本当の状態については言わないでおく。彼女には何となく、明かしたくなかった。

『そりゃ大変だー！　情報いっこ持ってきたけどどーするー？　次回にしとくー？』
「いや、今教えて。……じきに兄弟子が来るから、私は大丈夫」

次回がいつになるかなんて分からない。彼女からの連絡は不定期で突然だ。
それに、彼女からの情報に関しては「次」を持つことなんてできなかった。私の我慢が持たない。

『あ、そー？　それじゃあ言うねー。これはねー、紫鯤さんから貰ったお仕事からはー、ちょっとズレるんだけどさー。たまたま拾えたから、特別サービスで教えちゃうねー？』

いつも通りに伸び切った声で、本当に何でも無い事を告げるように、彼女は言った。

『紫鯤さんの妹ー、見つかったよー？』
「……ッ！」

あの子が。

『何かねー、海外の魔術結社にいるみたいー？　それ以上はまだ分からないけどさー』

それはずっと、スギに頼んでいた事だ。
なのにまさか、彼女からもたらされることになろうとは。

「……その結社が、ど、この国に、あるか、分かる？　名前は？」
『それは新しいお仕事ー？』

流石に抜け目がない。一瞬躊躇ったが、私はすぐに答えた。

「名前だけでいい。教えてさえ貰えればそれ以上は兄弟子に頼むから。名前だけでも情報料がいるなら払う」
『んー、分かったよー。名前だけならタダで教えちゃう！　紫鯤さんは上客だからねー。妹さんはねー、「庭園」って魔術結社にいるよー。世界中に支部があるみたいだからー、接触は簡単なんじゃないー？』

良かった。それならスギに頼んでも何とかなりそうだ。
けれどどうしよう、私は彼女に会う事は出来ない。呪い以前に会う資格がない。
だって私はあの時、あの子を、妹を、見捨ててしまったんだから。私の今の身体だって、その報いかもしれない。

私がそんな感傷に浸っているのが伝わったのだろうか。
ライが甲高く笑うのが聞こえた。

『紫鯤さんったらもー、びっくりしちゃったー？　そりゃそーだよねー、ずっと探してたんだもんねー？　帰れなくなってからはどうしてたのー？』
「……兄弟子に、頼んでたよ」
『ふーん？　でも妙だねー？』
「何が？」

何を言っているのだろう。思わず聞き返す。

『「庭園」ってねー、さっきも言ったけど世界中に支部があるんだよー。勿論日本にもあるよー』
「それが、一体」
『兄弟子さんねー、「庭園」と付き合いがあるみたいだよー？』
「え」
『ねえ、兄弟子さんは本当に、見つけられなかったのかな？』

頭が真っ白になる。

「でも、あの子は海外の支部にいるんだろ、知らないってことも」
『付き合いのある組織に探りぐらいいれるでしょー？　まあプライバシーの問題とかあるけどさー、心当たりぐらい引き出せると思わないー？　「庭園」って、支部は多いけど人数自体は中くらいなんだよねー』

ライの声はとても、

『ねえ、兄弟子さんって、本当の本当に信用できるの？』

とても、楽しそうだった。

『まあ、紫鯤さんが信用してるならいいけどねー。それじゃ、また連絡するねー。お金はいつもの所によろしくー』

一方的にそれだけ言って、ぶつんと、通話が切れた。




ただただ呆然とする私の側で、腕輪の紫水晶がびしりとひび割れた。

男は何かぶつぶつと独り言を言っていたが、やがて一つ深呼吸をし、声を張り上げた。

声色は明るいが、その声にはどこか不自然さがある。

　＜　　△　　土　▲　　＞
　　（　?　皿　?）／　　がしゃーん
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　　／│　　塊　　│　　　　　　　　　がしゃーん
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