ほんの少しの仮眠のつもりだったのに、いつの間にかすっかり眠ってしまっていたらしい。一体何時だろうと考えながら目を開けようとして、その余りの重さに驚く。何だこれは、瞼に鉛でも詰まっているのか。
　そのうち瞼だけでなく全身が重い事に気がついた。無理矢理身を起こそうとするとぐにゃりと視界が歪んだ。平衡感覚がめちゃくちゃに狂っていて、立ち上がるどころかまともに起きる事すらできない。
　この状態には心当たりがあった。

（だ、けど）

　これには昔、散々苦しめられた。こうならないように工夫した。というか今もしている、はずだ。
　ならばどうして？
　ぐらぐらする頭でそこまで考えて、妙に両手首が軽いのが気がついた。首周りも何故かすっきりしている。

（……まさか）

　慌てて両手首を確認する。ない。指にもない。腰のも、ない。首周り——あああ、一番大きいやつだけだ。妙に髪の毛が顔にかかると思ったら髪飾りもない。
　大量に身につけていたアメジストの装飾品が、ほぼ全てなくなっていた。

（誰が、こんな　まさか盗まれ　いやでもみんないるはず、だし……）

　どうにか上半身だけ起こしたところで、前方できらきら光るものが見えた。
　マーメイドのウィステリアと、アルラウネのアイビー、か？　少し離れたところではしゃいでいる。
　って、アレは。
　二人が遊んでいるのは、私が身につけていた装飾品だった。そしてその周りを慌てた様子で炎が駆け回っている。多分、サラマンダーのカメリアだ。

「ウィ、ウィス、アイ、ビー」

　呼び戻そうとしたが、声がまともに出ない。彼女達はどう見ても五メートル以上離れた場所にいて、こんな掠れ声じゃあ届きそうにない。
　ダ、ダメだ、せめてもうちょっと近ければ何とかなるのに！

「コン？」

　頭の上から声がした。揺れる視界に丸みを帯びた三角の耳が映る。

「ガ、ガラ、ちゃん」

　ウィステリアとアイビーを指差そうとしたが、ぶるぶる震えて上手く行かない。
　首を傾げているらしいガラちゃんの側に、新しく気配が二つ並んだ。

「え、どうしたの一体？」
「シコン？　大丈夫かい？」

　イルマとニーヨルらしい影が見える。こっちをのぞき込んでいるらしいが、本当にぼんやりとしか見えない。

「コン、なんかヘンだぞ？」
「……もしかして、何かあたったとか？」
「いや、食事は大抵わたし達も同じものを食べているし……」

　確かに、今の私は腹痛で苦しんでいるようにも見えるかもしれない。情けなくて笑えてくる。

「あ、あの、二人、に」

　多分彼女らはこの辺だろう、と目星をつけた方向を、どうにか指差す。

「私の、返して、って」

　あああ、主語が抜けた！　一番大事な部分が！
　皆が顔を見合わせる気配。それから私のぐらつく指の先を見た、ような気がした。
　いつしか、ウィステリアとアイビーのはしゃぐ声も聞こえなくなっていた。さすがに異常に気がついたのかも。
　ああなるほど、と、ニーヨルの声がした。

「すまない君達、ちょっと戻ってきてくれないか。シコンがだいぶ、困っているようだから」

　離れたところから「はーい」と、彼女達の声が聞こえた。次いで、二人がこちらに近付いてくる感覚。
　ああもうどうして私の言うことは聞いてくれないのにニーヨルに言われるとすんなり聞くかなぁ。そんな風に内心一人ごちながら、私はようやく身体に力が戻ってくるのを感じていた。




　万物には固有のエネルギーがあって、それを常に放出している。
　それはオーラとか気とか気配とか、様々な呼び方をされているが、私に与える影響にはさして変わりがない。

「アレ外すとさ、酔っぱらっちゃうんだよ。それもめちゃくちゃ酷い二日酔いと乗り物酔いがいっぺんに」

　どうにか装飾品を取り返して一息付いたあと、私は皆に自分の醜態を説明する羽目になった。

「酔っ払うってシコン、酒飲んでないだろ？」

　怪訝そうにイルマが言う。彼の疑問はもっともだ。

「そうなんだけど……どうも私、いろんなものの力に過剰反応しちゃうみたいでさ。気持ち悪くなったり、さっきみたいにまともに動けなくなっちゃうんだ」

　所謂「力酔い」だ。未だに原因が分からないのだけれど、私は生まれつき、外界から与えられる力や気配にとても弱い体質だった。生命力、魔力、気配、思念。そういったもの達に私の身体は異常なほど高い感受性を示す。それは強い酩酊という形で現れ、放っておくと失神する。
　あの、体が溶けて崩れるような、自分とそれ以外の境界があやふやになるような感覚は、どうにも上手く説明ができない。

「それで、その指輪や腕輪で、酔ってしまうのを防いでいたんだね」
「うん。一番大事なのは、使ってある石なんだけどね」

　ニーヨルの言葉に頷きながら自分の身体を見下ろす。
　指輪もブレスレットもブローチも、全て元通りいつもの場所にある。

「アメジストっていう石なんだけど、これには酔いを醒ましたり、感覚を鎮静化させる作用がある。少なくとも、私にとっては。ただ、個体ごとに効果にばらつきがあるし、一つだけじゃ足りないから、こうやってアクセサリーにしてあちこちに身につけてるって訳」

　一番力が強いのは実家から持ち出した星形のブローチで、使われているアメジストが大きいだけあってよく働いてくれる。これ一つあれば多少頭はぼんやりするけれど、起き上がって食事をしたり軽く話をする程度なら何とかなる。
　今回はコレまで持って行かれてしまったため、酷い酩酊状態に陥ってしまった。

「むー、コン、ぐあいわるいのか？」

　ガラちゃんが心配そうな顔でこっちを見上げてくる。ちょっと凹んでいた気持ちが和む。

「ちゃんと気をつけてればどうってことないから大丈夫だよ。そうだね、大人が両手を広げて並んで、三人分ぐらいまでなら、こいつらが体から離れても人並みに動けるから」

　前にスギに頼んで測ってもらった時は大体五メートル前後が限界だった。勿論、体から離すごとに効力は減るので、徐々に動きが鈍くなる。
　一番難儀するのが入浴なのだけれど、今のところ外した装飾品から離れ過ぎないようにしている。

「今回は三人とも、迷惑かけちゃってごめんね。本当はもっと前に話しておくべきだったんだけれど……これからはこうならないよう、気をつけるよ」

　この一件に関しては私の不覚としか言いようがない。最近「酔っ払う」ことはなかったので、完全に油断していた。攻城の合間の空き時間だったから良かったものの、戦闘中に似たような状況に陥ったら目も当てられない。気をつけなければ。
　そう考えながら皆に謝る私の背後から「ホントよ、さっさと言ってくれればよかったじゃないの」と恨めしそうなウィステリアの声がした。ひとまず聞かなかった事にする。言わなかった私も悪いが、彼女らにはあとでお説教だ。
　……まったく、休憩しようと思って仮眠を取ったのに、何だかやたらと疲れてしまった。

したり顔で人差し指を振りながら

いささか顔が青い