農作業は続く。
豆の化け物を倒して得た報酬でミチエの拘束期間はかなり消化された。
もう一度、大物を仕留めれば解放されることだろう。

「……。」
首もとに触れる。硬質な、冷たい手触り。
此処に囚われている者たちにかけられている首輪。
農場の敷地外に出ればこれが反応して爆発する仕組みになっている。
それは戦いに敗れた賞金首が昏倒しているうちに取り付けられる。
手足ならばまだともかく、首から上を吹き飛ばされて平気なものは多くない。
故に、この農場から脱走しようと企てる者は少ない。

その首輪は、勿論ミチエにも有効だった。
頭部を失えば、魔女といえども滅ぶ。
残された身体がどうなるかまでは、わからないが。

農場に拘束された日から、何かの予感はあった。
忌まわしいもの。
その気配。
幽かなそれを感じとっていた。
呼ばれるように。惹かれるように。

手の内の小さな金属の板の表面指でなぞる。
そこに刻まれているのはミチエには読めない文字。
異世界の兵士の認識票。
犬を括る札。
（あいつらも、また下手を打っていなければいいがな。）

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農場の裏手で地滑りが起きた。
先の長雨に依るものだろう。規模はあまり大きくはない。
その対処に囚人たちが駆り出される。
興奮した野菜たちがいつにも増して暴れている。
土砂から這い出し、目を爛々と輝かせた竹の化け物が囚人を囲んで貫いていた。
陰鬱な一日のはじまり。


猟犬群に先導させ、進んで行く。
しきりに急かすそれを訝しみながらも無視することも出来ないので
確認することにしたのであった。

「こいつは……。」
土砂を踏み越えたそこには、崩れて生じた崖。
その壁面には自然な隆起。
猟犬群が妙に落ち着かない。興奮し、しきりにそちらを気にしている。

「こんなことなら、力馬鹿のエンブリオのひとつも契約しておくべきだったな。」
岩を割って退け、覆う土砂を取り除いていく。
そういった大掛かりな力作業に向いたエンブリオはミチエは持っていない。
触手や猟犬群を使って掘り進む。

「アルコル。お前も手伝ってくれないか。」
「……私に、そんなことをしろと？ 犬どもにでもやらせておけば良かろう。」
クアールの一族であるアルコルに聞いてはみるものの、無下無く断られる。
溜息をついて丸くなり、目を閉じる。猫の手は借りられなかった。
尤も、猫に向いている作業でもないのでミチエもそれ以上は何も言わなかった。


黙々と土を退けていくと、硬質な手応えに行き当たった。
石のそれではなく、何かに覆われた金属の感触。
そこから広がる、振動。

微弱なそれは徐々に力を増し、轟音となっていく。

土を割って立ち上がる、歪な人型。
平たい頭、巨大な腕。オーガや、小型の巨人ほどの体躯。
蛹が殻を割るように、その姿を表した。
腕を上げると、ぼろぼろとその身を覆っていた堆積物が落ちる。

「……こいつは？ まさか、な……」
訝しげに見上げるミチエ。
振り下ろされる巨人の腕。

鉄槌を躱し、前髪の奥から睨みつける。
（動きは緩慢でぎこちない。目覚めたばかりだからか？ これは、今のうちか。）

見切りをつけ、瞬時に滅多打ちにして無力化する。
アルコルの、星光の力。
土砂に倒れ込む鉄の巨人。

「なんなんだ、こいつは。ゴレムの一種、か……？」
倒れた巨人を踏みつけ、見下ろすミチエ。
煙のようなものが内側から噴き出すと、巨人の背中の一部が大きく開いた
開かれた巨人の臓腑を覗き込むと、そこには人が一人座るような空間と設備。
暫く様子を見ていたがそれ以上の変化は起きない。
腹を括り、その内側へと踏み入れる。

シートに座り、周りを見回す。
狭い、まるで棺桶のような空間だ。
用途のわからない握りになにかが引っかかっていた。
鎖に通された金属の板。
ミチエは、それを知っている。よく似たものを預かっている。
けれど、そこに刻まれた文字は知らないものだ。
読めない文字を、指でなぞる。

ぶつん、と音を立てていくつかある板にそれぞれ光が灯る。
どこか疚しい光が。
光の中に文字列が浮かび、流れていく。
雪崩のごとく紡ぎ出される、異世界の文字。

巨人の背が、鈍く音を立てて閉じる。
巨人の内部に、煙のようなものが満ちる。


火の臭い。硝煙の臭い。
流れる血の色。
つんざくような轟音。
巻き上げられる土砂
土埃。乾いた風。
肉が爆ぜ、骨が砕ける。
悲鳴。唸りを上げる殺戮の機械。
泡沫のように消えていく無数の命。


ミチエは悲鳴を押し殺し、気の狂いそうなそれらを受け入れ、受け流す。
その身の内の魔術回路のいくつかが耐えきれずに焼き切れる。
耳から、鼻から、眼孔から血が滴り落ちる。

此処ではない何処か。
遥か遠くに在る、戦場の世界の記憶。

（ああ、これか。これに猟犬どもは反応していたのか。
　いわば同類、だものな。非業の死を遂げた者達の……）

耳に、胸に、荒々しく分け入ってくる情報の嵐に犯される。
鳴り止まない悲鳴。激しく荒れる怒声。
終わらない憎しみの連鎖。


地の果てから届く、人の子らを焼く音。

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巨人の背が、再び開かれる。
そこから這い出し、ゆらりと幽鬼のように立ち上がるミチエ。
微かに震えているが、その口角はつり上がっていた。
忌まわしい、魔女の笑み。
背を曲げ、両の腕で己をかき抱き、痙攣するように身体を揺らす。
音の無い、哄笑。


新たな主を得た巨人は機兵となり、魔女の影へと沈んで消えた。

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鉄の巨人との交戦の際、ついでとばかりに近くにいて何かを勘違いして
しゃしゃり出てきた紫色の芋の巨漢を適当に打ちのめしてあったそれを
捕獲してルリアンナへと引き渡す。

保釈金分のノルマは無事にクリア。
そうして、ミチエは農場を後にした。

跪いて、手を差し出す。
その手を取られなくとも、扉をくぐり適当な席を選択するだろう。
なるべく人目につかない席を。

ガラスの軽い音。
赤で満たされた試験管がテーブルを転がる。