充実した旅行だったと思う。
　食材はコノエの目に適うものがあったし、風土気候の違いから発生した調理法や味付けの違いも随分熱心に書き留めていた。……いつも熱心だから、これは正しい言い分じゃないけれど。
　しかし思い返すだけで大して一揆というものに関わった記憶はない。ブランチマンとパラダイスその人、あと黒騎士が辛うじて一揆に関わっていた敵対人物だったと思う。他にも居たかもしれないけれどよく覚えていないのが正直なところ。
　私の中で思い出に残ったことといえば食べたものと楽しいお喋り。他愛のない会話の中身がどれほど残っているかは置いておくとして、楽しい時間を過ごしたことは忘れないだろう。従者の一人も……一人はいたけど……連れずに、何の遠慮もなく話題のお店に入って。普段なら許されないような世間話を皆として。
　レージェントに戻れば王宮から出ない生活に戻る。外に出る時はほとんど戦争。外交も戦争の一部。私は常に騎士隊のうち三人に囲まれ、コノエはローテーションで騎士隊の指導と私の警護に当たる。主戦力だけあって頻度は高くなるけれど、それでも毎日じゃない。
　今までは当たり前だったことが急に残念に思えた。
「我が君？　どうかしましたか？」
　不満が顔に出ていたらしくコノエが覗きこんでくる。
「んー……なんでもない、かな」
　それだけ言って、彼の胸に頭を押し付けた。


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　我が君、という呼び方は私が提案したものだった。
　主君を呼ぶのにそう可笑しくはなく、しかし親しすぎて他に呼ぶものは居ない。私にだけ許されたもの。
　関係自体に変化は無かった。今まで便宜上の恋人だった存在が本当の恋人になったからといってやることは変わらない。我が君の夜伽（よく勘違いされるが、寝ずの警護や番の事を言う）を務めることもだ。
　それにしても、恋や性を司る天使を喰った存在なのに。自分のことには鈍いものだと思う。
　記憶を紐解いてみれば吊り橋効果的な一目惚れで、それはどんな理不尽な——理不尽らしかった——扱いにも何の感情も湧かないわけである。
　彼女が愛しくて、愛らしくて。人間らしすぎる感情に苦笑を禁じ得ないが。
　そっと肩を抱いて体温を分けあった。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。