今日の食材
牛肉

ジドラって食べたらお肉なのかしら？
それとも植物っぽいのかしら。
いまは沢山食べる物あるから、あえてチャレンジしなくてもいいかな……
スカンクもやめておきましょう。
部位を選べば大丈夫そうだけど、リオン君もツヅミさんも臭いを気にしていやがりそう。



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或るセイレーンハーフが生まれるよりも少し前のお話。


或る怪物がいた。
水辺に住まい、鳥の翼と下半身を持った美しい女の妖魔である。
魔性の歌を歌い、船を沈めてその屍を島に積み上げる邪悪な種、セイレーン。
そんな彼女が、とある島の水辺で今日も一人歌う。

歌を聞いて尚魅了されずに生き残る人間がいれば、掟により崖から身を投げて死ななければならない。
少なくとも彼女が生まれた群れではそういう事になっていたので、歌うことも命がけである。
ただ、元々彼女は積極的に人を殺そうとは思っていなかったし、万一しくじって自分が死ぬのも嫌だったのだ。
異端とされ群れからはぐれても、彼女は考えを改めなかった。
それでも水辺で歌う行為は種の存在意義と言ってもいい。
だから、彼女はこんな船の通らぬ所で一人歌っている。


或る船乗りが居た。
何の変哲もない、田舎の船乗りである。
……と言っても彼の船は今や板切れ1枚。
しがみついて波間に漂っている有り様だ。

数日前の嵐で船は木っ端微塵。
荒ぶる海に放り出されて何日たっただろう？
飢えや渇き、そして疲労と体温の低下でもう彼の心身は限界だった。

ああ、綺麗な歌声が聞こえる。
ついに幻聴が聞こえてきたか。
碌でもない人生だったが、お迎えにくるのはどうやら声からして女らしい。
天使なのか死神なのか。せめて最後に目にするなら美人でありますように。
指の1本さえ動かす気力もなく、そんな益体もない事を考え流されていたが……
次第に思考を奪っていた飢えと渇きが薄まり、意識がはっきりとしてきた。
向こうに島があり人がいる。
彼は最後の力を振り絞って泳いだ。


彼女は程なくして異変に気づく。
気持ちよく歌っていた所、どうやら海のほうでバタバタと不自然な波が立っている。
よくよく目を凝らすと人間が泳いでくるではないか。
近くに船は見当たらない。一体なぜこんな所に？
疑問は浮かぶが、それどころではない。
歌を聞かれてしまった以上、相手が魅了されて溺れ死ぬか、自分が死ぬか。
命がけのコンサートの開幕である。


彼はとうとう島に到着した。
久しぶりの地面によろけながらも、歌の聞こえる方へと無様に走る。
たどり着いた歌の主を見るとどうやらただの人間ではない。翼が生え、下半身は鳥のようだ。
だがその女はとても美人であった。
それも、自分の居た田舎などでは先ずお目に掛かれない程の。
歌が自分の解る言葉であった以上、意思疎通は可能な筈だ。何より美人に悪人は居ないだろう。
彼は船が嵐に巻き込まれ、この有り様であると身振り手振りを交え必死に女へと伝えた。
幸か不幸か、船乗りであるにかかわらず彼はセイレーンについての知識がなかったのだ。


彼女は困惑した。
男は最初こちらの顔をぼーっと見つめていたから、すっかり歌によって魅了されたものだと思った。
たまたま溺れないでたどり着いたのかと。
だがどうやらそうでもないらしく、その後男は必死に現状を伝えてきた。
推測するに、男は元々極限状態だったために完全な魅了には至らなかった可能性が高い。
かと言って全く効かなかった訳でもなく。
思考を支配していた飢渇を中途半端に塗り替えた事で、却って正気付いてしまったのかもしれない。
それでここまで来る事が出来たのだろう。
今はもう歌っていないので、忘れていた死が押し寄せたのか男の顔から生気が抜けていく。
魅了はできていないが、このまま男を放置すれば無効試合ではないか？ と頭によぎる。
だが、どうみても勝負としては完全に敗北である。
もはや自分はどのみち死ぬとしても、その後男に死なれても馬鹿らしいし意味が無い。
命と種としての誇りを秤にかけ、彼女は男を助けてやる事に決めた。


彼は命をつなぎとめた。
女は昼には食事を用意し、夜は翼で包み夜露から守ってくれた。
住居がまるで鳥の巣だったのはまあ気にはなるが、
何しろこれまでお目にかかった事の無い程の美人だ。
ちょっと変わっていても甲斐甲斐しく看病されて悪い気はしない。
命の恩人だし、なんとかして何かお礼をしなくては。
聞けば女はこんな所に一人ぼっちで、家族も居ないらしい。
元気になってこの島を出る時、一緒に来ないか誘ってみようか等と考える。
だが、自分が元気になるにつれ女が時折暗い表情をするのが心配ではあった。


彼女は男の世話をした。
先ず水を与え、巣に寝かせて温めてやった。
人間が何を食べるかは解らなかったが、さほど自分と違う物を食べるわけではないらしい。
最初は柔らかい果物から与え、男が少し元気になってからは魚を与えた。
ただ人間は魚をそのままでは食べないらしく。
そうだよな、火起こしは男の仕事だなどと呟きながら焼いて食べていたが。
男も大分元気になった。
これなら長時間掴んで飛んでも、風に当てられた事で死んだりはしないと思う。
明日には近くの陸まで運んでやろう。
その後自分は崖から身を投げるのだと思うと馬鹿馬鹿しくも暗い気分になるが、今更だ。
余り考えないように努めた。


彼は彼女に運ばれ、陸へと帰り着く。
彼は何度もお礼を述べ、彼女にお礼がしたいと申し出る。
だが、彼女は首を振って断るばかり。
それでもと食い下がる彼に根負けし、彼女はこれから自分が死ぬ事を伝えた。
セイレーンは、歌を聞いた人間が魅了されて死ななければ、自分が死なねばならぬ定めであると。


彼は狼狽した。
死ぬ運命だったのはむしろ自分ではないのか。
自分の命を救ったためにこの女は死ななければならないのか。
そんなふざけた話があってたまるか！

この数日間を思い返しながら考える。
救われた命だから惜しむ気は無いが、今更ただ死んでもきっと駄目だろう。
短い時間で彼は必死に考えた。女を引き止める理由を、どちらも死ななくて済む方法を。
そして口から出た言葉は……

分かった、結婚しよう！

彼女は混乱した。
男は何をトチ狂ったのか、妙な事を言い出したのだ。
やはり魅了が効いていたのか？ それともようやく目の前の存在が怪物だと理解して壊れたのか。
訝しがる様子を察してか、慌てながらも男が続ける。
結婚は男にとって人生の墓場だと。
つまり、君の歌で引き寄せられ、魅了されて、そして結婚する事で俺は死ぬんだ、と。
人間の感覚はいまいちわからないにしても、墓場とは求婚として随分な台詞の気もするが……
彼女はなんだか吹き出してしまった。
男の様子があまりに必死で、最初に島で見た時よりもよっぽど死にそうだったから。