▼t-3

お姉ちゃんが死んでいた。その事実の大きさは、当時のわたしの心を塗り潰しきるのに十分だった。



どうして、だとか。誰が、だとか。そんな言葉は回っていたかもしれない。
けれど、それはただ、嘆くための方法にすぎなかった。
わたしは何も考えていなかった。もう、全てがどうでもよくなっていた。

視界の端でおばさんが何か叫んでいるように見えた。
けれど、そういうものがみえた、という以上の意味は浮かばなかった。
何を言っているかなんて、聞く気はなかった。自分の泣き叫ぶ声さえも、どこか遠いもののように感じた。


どれだけ経ったかわからない。気付けば、涙も声も、とっくに出なくなっていた。
頭はぼやけたままだ。目的も意図もなく、身体が起きあがる。
わたしは虚ろなままで、人の気配のしない玄関をくぐり、家の外へ出た。


——かみさま。かみさまが、悪い子をきらいなのは、しっています。
でもだからって、ただ一度、小さな約束を破っただけで、ここまでいじわるをしなくても。


家から一人で出た、初めての日。外の『街』には、人の気配が一つもなかった。
誰かに会いたくて、わたしはぼやけた視界のままで、街をさまよった。
それからどこをどう歩いたのかも、憶えていない。


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わたしは街のはずれにある切り立った丘から、家々を見下ろしていた。
あれから何日か経ったはずだけれど、結局今まで、誰にも会うことはなかった。
眼下に広がる広い街には、人の気配がひとつもない。

わたしが一度約束を破ったせいで、かみさまはそれを見とがめて、世界を滅ぼしてしまったのだろうか——
そんなことを考えてしまう。
お腹は減っていたけれど、不思議と飢え死にしてしまうとは思わなかった。
もしこのまま死ねないのなら、こんな寂しい世界で、わたしは生きていかなければいけないのだろうか。


——ごめんなさい。


もう、泣かないようにしますから。だから誰かに、会わせてください。



そんな思いが通じたのかどうか。
わたしは直後に、近付いてくる生命を感じた。

振り返り顔を上げたその先には、男の子と女の人がいた。
男の『子』と、女の『人』。どちらも、わたしにとっては年上だった。
それなのにそう考えたのは、女の人の方が幾分大人びていて、身長も少し高かったからだ。
わたしが呆然と眺めていると、男の子は心配そうな女の人に何かを小声で言い含めると、ゆっくりと歩み寄ってきた。

一歩、二歩、十歩——もう、声が届く距離。
もう、見間違えない距離。間違いなく、この男の子はここに、生きて存在している。

それを認めてわたしは、何事か言葉を準備しているだろう男の子を見上げ、嗄れた声を絞り出した。

「——なんで、生きてるの」

世界は。
約束を破ったことを責めて、かみさまが滅ぼしてしまったんじゃ、ないの？

その時のわたしの言葉の意味を、彼がすぐに分かったとは思えない。
けれど、出鼻をくじかれた褐色の肌の男の子は、少しの間何事かを考えるような素振りをすると、
後ろの女の人に「加護の準備だけ、ね」と念をおしてから、わたしの顔をのぞき込んだ。
かごって、なんだろう。かみさまの加護のことだろうか。
この人たちは、わたしを嫌ったかみさまが、わたしを虐めるために遣わした人なのだろうか。
だったら、丁度いい。どうせ、こんなところで一人ぼっちのまま生きている意味なんてないのだから、なるべく早く、終わらせてほしい。

男の子が口を開く。

「意味が分かって言っている訳じゃ、ないみたいだから——僕は、話すよ。僕が知っている君のことを、君が進むために」

彼の言っている意味が分からなくて、わたしはとりあえず、大人しく彼の話を聞くことにした。
そしてすぐに、逃げるように崖下へ身を投げた。

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