意味はないのだよと彼女は言った。化け物はそうでしょうねと笑った。化け物は生まれた時からそうであったが、争うことは好きでなかった。だから誰も傷つけず打ち倒されるだけの存在になったけれど、それもやがては辛くなった。その“役割”から逃げたいかと彼女は言った。化け物は出来ることならと答えた。叶うならば人となって、縛られるもののない自由な生活を送ってみたかった。化け物が思うままそう告げると、女はたったひとつだけ魔法を教えてくれた。それを唱えると人になれるよ。けれども代わりにお願いを聞いてほしい。幾多もの“自分”を打ち倒した小さな少年が、異世界からの来訪者が携えているものを、私の元に持ってきて欲しいんだ。

時間はどれだけかかっても構わないと彼女は言った。化け物は、それならばいつか必ず持ってこようと、そう頷いた。


＊　＊　＊


差し出されたクッキーの青い方をと指し示して、動きを止めた彼女を見遣る。
ナイトスピリットに手痛くやられた傷は、貰った薬の効果もあって直ぐに良くなるだろう。
無意識に触っていた首元のマフラーから手を離してぱちりと瞬き、ゆるく首を振る。

「いんやー。ちょっと古傷があってさあ。チクッと痛んだけど今はへーき」

そうっと伸ばされた手を払う素振りは見せなかったけれど、彼女がマフラーに触れた時、
持ち上がった指はやっぱり、男の首を案じて窺おうとしたその手首を掴んで引き留めた。

「傷口ね、結構アレな感じだからさァ。女の子にはちょっとなー。
　…大丈夫だよ。ありがとさん」

掴んだ細い手首を、そ、と離す。剣が振り下ろされるかの場面は、まだ脳裏に焼き付いている。

討ち取ったマーマンを前に一心不乱に何かをしている…。

興奮しているのか、下半身の羽毛がふくふくと膨らんで、いつもより大きく見える。
そのまま、自分用の、ピンクのクッキーの袋を開けてさくさくと。

食材がネックのようです。

さらさらっと適当な紙に地図を書きました。
「ダルシャナの事典亭」と書いてあります。
達筆ですが読みづらいです。

じゅるり。

怖じてしまいそうになる己の頬を、パンパンと叩いて気合を入れて、キッとナイトスピリットを睨む。