「あの、今時間ありますか……？」

　ドラゴンマウンテンを歩いているとき、斜め後ろから控えめな声で、金髪の少女がこちらを見上げてくる。
　いつの間にか背が伸びて、いつの間にか俺をアキトさんと呼ぶようになったマリーの声には、
いつの間にか落ち着いた響きを帯びるようになっていた。

「あぁ、今なら大丈夫だぞ」

「本当に……？シスさん、でしたっけ。あの人は？」

「あいつならシズカに任せた。どうも混乱が落ち着かないから、俺にはどうしようも出来なかった」

　そこまで言ってやっと少女は俺の横に並んで歩き出す。俺も少女の狭い歩幅に合わせて、ゆっくり歩くようにした。

「あのですね、アキトさん……」

　話し相手が何かを打ち明けようとするときのあの空気の重さというか、こちらの身も少し固くなってしまう雰囲気には
どうしても慣れることができない。どうしても身構えてしまう。そんな俺の変化に気づいたのか、マリーの固さも増した。

「えっと……その……ですね、あの」

　まごまごと、自身の指先をしきりに絡めては解きを繰り返しながら俯いている。
　それにしても、そんな言い出しづらい話題なんて俺たちの間にあっただろうか。
マリーは今まで食料に手をつけるとか、叱られるようなことは全くしていない。いい子だ。
となると、何かほしいものがあるとか？それとも誰かに嫌がらせ系のことをされているとか？
それはいかんな。やはりセレス辺りかな。あいつ最近大人しくしてると思ったら

「実はその、どこから言ったらいいのか」
「全部、思い出したんです」

　おっと違った。すまんなセレス。日頃の行いが悪いんだお前は。って思い出した？何を？

「思い出したというか、やっと全てが明らかになったというか、その、本来の私に戻れました」

「えっと……？」

「い、今までは本来の年齢より幼くなってたり、記憶も変になってたり、いろいろおかしかったんです」

「そうだったのか……。それじゃ、さ」

「はははいっ」

「改めて、自己紹介してくれないか？」

　一揆が始まって50日が過ぎ、ナイトスピリットであるマリーに出会ってからは何日だったか。
変な感じだが、よくよく考えれば彼女の詳細は曖昧で不明なままだった。
彼女もそれに気づいたのか、少しぽかんとしてから慌てて足を止めたので、自然と俺も足を止める。
　ひとつ大きく深呼吸をしてから、シェリーとお揃いに近いデザインに仕立てたゴスロリ風味のドレスのすそを小さくつまみ、
ゆっくりと膝を折ってから、恭しくこちらを見上げ微笑んだ。

「私、マーガレット・アートリビューレスと申します。歳は14、父のような騎士になるという夢がありましたが
　願いは叶うことなく、今この通り、ナイトスピリットとしてこの世界で生き長らえております」

「騎士になる夢が、叶わなかった」

「はい。近道を使おうとして、結果命を落としました」

　いつぞや聞いた話と大体合ってる……かな？折角なのでもう少し聞きたいところだったが、
話し終えたマリーの微笑みにどこか疲れというか憂いというか、とにかく無理させたくないと
感じさせるものがあったので、それ以上踏み込んで聞くことはできなかった。

「アキト様、何から何まで不明で不気味だった私にここまで力を注いでくださって、本当にありがとうございました。
　おかげで今こうやって、正気でお話できるようになって、本当に心から嬉しく思っています」

「いやいや、様って」

　すぐに止めさせようとしたが、少女はにこりと微笑む。その笑顔には上流階級が持つ気品という気迫があり、
慣れない圧力に俺は言葉を続けることができなかった。

「現在、私というナイトスピリットには、2つの力が内在しています。
　マーガレットである私と、私に刺さった剣に宿っていた人格……というのでしょうか。
　オリフェンドールの加護を受ける私とそれは力の質が真逆でして、
　お互いの力が拮抗した状態でバランスが取れている状態になっています」
「ここ最近は完全に私が主導権を握っています。が、剣の方が不気味なほど静かで油断は禁物です。
　もし剣の方が主導権を持つようになってしまったら……」

　そこまで言って、少女は不安そうに言葉の語尾を濁らせた。

「それは、俺にまた剣を向けるということか」

　率直に確信に触れてしまったらしく、マリーの方が大きく揺れた。
今にも涙がこぼれそうな瞳を見て、罪悪感がじわじわと胸に絡みつく。
もう少し言葉を選べ、と言われたことが何度かあったな、そういえば。

「あのときは……！」

「俺の胸に剣を刺したのは、剣の方がやらかしたんだな。大丈夫、お前を責めるつもりはない」

「違うんです、あのときはまだ！」

「まだ？」

「まだ……私と剣の心が、混ざってたんです。一体になっていました」

「でも、本来のマリーであれば、俺を刺すなんて考えもしなかったんだろう？」

「それはもちろん！！」

「それならやはり、罪は剣にある。無防備になっているお前を、剣が誑かしたんだ。お前は悪くない」

「でも……」

「いいんだ、俺がいいと言ってるんだから、後はもう気にするな。それより」

　マリーの表情を確認しながら、一呼吸置く。ここからが一番知りたいことだ。

「俺にかけられた呪い、解く方法はあるのか？」

　俺の問いを受けた瞬間、マリーの表情はもはや悲壮そのものだった。
マリーが何か言おうとしたが、俺はそれを静止して、話を完全に終わらせた。

「少し話が長くなりすぎたな、続きはまた今度にしよう」

　だがやはり間に合わなかったらしい。
　とうとうマリーはぼろぼろと涙を流して、詫びの言葉を繰り返すばかりになってしまった。
自分の感情を優先して話を続けてしまった辺り、まだまだ大人は程遠い。

相変わらず人知れず歌いながら歩いている

歌を口ずさむのをやめないまま、剣を構える

今日のノルマ達成、と言った風情でルーチンワークの一部のように剣を拭き、歌いながらまたどこかへ向かっていった