こころざしなかばで ちからつきしものよ
これよりさきは たましいのかえるところ
おそれることはない・・・

……いやそれあかんやつや、それ死ぬ死ぬ。

…………

この川を わたってはならん
御身の上には いまだ光があり
汝を護らんとしておる

いやいや、それもちょっと違う、それにガーディアンよりペルｓ……



「アキト、起きて」

　体を揺らしながら声をかけること数度。
　寝言で返事されることもあったが、ようやく少年がうっすらと目を開けた。

「……できれば、ヴィシュヌかアポロで……」
「もう、まだ寝ぼけているの？」

　むくりと起き上がった先に見えたのは、ほとんどのエンブリオたちが姿を現して少年を囲んでいる光景だった。
　不思議そうに目をこすっていると不意に膝元に少し重みのある温もりが。あぐらをかいて出来たスペースに猫がすっぽりと納まっていた。見覚えのあるその後頭部、どう見てもグラである。

「アキト、大丈夫？まだ寝ぼけてる？」

　心配そうに顔を覗き込んできたのはシズカ。いつも飄々としている女性が珍しく心配そうにしていた。
　普段ないことだらけのこの現状に少年も首を傾げたくなるが、ぼんやりした頭をなんとか働かせてこれまでのあらすじを思い出そうとした。

　そう、たしかナイトスピリットから少女の像が出てきて、大きくなって、それで剣を刺し……

「！？」

　少年は真っ先に心配すべきだったことをやっと思い出した。慌てて腹部に手を当てる、が、痛くない。痒くもない。何もない。納得できず服をたくし上げて腹部を直接見るも、やはりそこには何もない。

「……アキト？」

　首をかしげた少年につられるように、シズカも首をこてりとかしげる。
　恐らくこの場にいる者たちのほとんどが頭上に「？」と疑問を浮かべているのだろう。奇妙な空気だった。

「……えっとね」

　小さな沈黙を、シズカが弱弱しく終わらせた。

「とりあえず、こちらの情報から。
　アキト、あなたね、ここで倒れてたのよ。
　寝ていた、というにはちょっと説得力ない感じ。
　何か、あったの？」
「倒れていた……、それだけで皆がこうやって顔を揃えるのか？」
「んーと、そこは、順番的に後から話す。
　まずは、どうしてここで倒れていたか、分かってたら教えて」

　少し躊躇ったが、ナイトスピリットとのことをできるだけシンプルに話した。
　一通り話し終えたところで、背後からぶるると音がした。

「なるほど、やはりこやつが怪しかったと」

　その声に反応して少年が振り返った先に、セレスが珍しく不機嫌そうに立っていた。その足元から小さな音がしたので、そのまま視線を動かすと、ナイトスピリットのランタンが馬の足で踏まれているのが見えた。

「ナイトスピリットは……」
「アキトと一緒に転がっていましたよ」
「中身は？少女の像がどこかに落ちてないか？」
「それもこのランタンの中に。普段青い炎を纏っていたので見えませんでしたが、こんなものが入っていたとは」

　不機嫌さを声にも露にしながら、蹄鉄でランタンをコロコロと転がす。
　心配そうにするシズカ、不機嫌なセレス、今までろくに近寄らなかったのに今は膝で丸くなるグラ、他のエンブリオたち……シェリーを除いた全員がこの場にいる。何から何まで不自然で、どうしても落ち着かない。

「ナイトスピリットは今は何の反応もないんだな？」
「うん、そこは心配ないと思う。青い炎がないのが気になるけど」

　終始どこか躊躇いがちなシズカの言葉。まるで何かタイミングを計っているような響きがある。
　少年がその心の内を窺えるかとシズカの瞳を見ようとすると、するりと目をそらされた。

「……」
「……」
「……、やはりナイトスピリットのせいなのかしら」

　ぽつりと、シズカが小さく言葉を洩らす。

「やはり？」
「あ、アキト。青い炎が戻ってきましたよ」

　少年の疑問の声にかぶせるように、セレスがランタンを鳴らすように小さく蹴った。
　展開が速すぎるというか、疑問が残りっぱなしというか。少年からするとスッキリしないことだらけだ。
　しかしナイトスピリットの炎が戻ってきたのならユーグリットもいるだろうから、きっと何かしら聞けるはず。

「ユーグリット、出てきなさい」

　少年が行動を起こす前にシズカがランタンを持ち上げた。
　彼女が冷たい声で命令するところなんて、初めて見たかもしれない。
　やはりこれは夢なんだろうかと少年の現実逃避が始まりかけていた。

「ユーグリット」
「……全くといっていいほど面識のないアンタに、そんな風に命令される謂れはないね」
「今、この状況を一番理解しているのは私。アキトはまだ本調子じゃないわ。誰かのせいで」

　だから、私があなたに尋ねる。シズカの声には有無を言わせぬ強さがあった。

「ユーグリット。答えなさい。……この像の少女の名前は？」
「……、は？」
「答えなさい。この少女の名前は？」
「意味わかんねーし。なんで今それを聞くんだよ」

　言葉こそ荒いが、ユーグリットの声も炎も震えていた。
　無表情のまま威圧感を出すシズカは傍から見ても寒気がするものだった。

「答えるつもりがないなら、当ててあげましょうか」
「何を馬鹿な……」
「リリー。リリー・セティーナじゃない？」

　青い炎が俄かにぶわりとランタンから大きくはみ出た。
　あの炎の膨らみを初めてされたときには少年も火を怖がってランタンを落としそうになったものだが、シズカは身じろぎ一つもせず、風で黒髪が一度だけ大きく揺れただけ。
　氷の眼差しは一瞬もランタンからそれることはなかった。

「おま、」
「ねぇ、もう一つ聞いていい？」
「ちょっ」
「彼女の側に、アウザーって男が、いたでしょう？」

　ぱちり、と青い炎が小さく火花を鳴らす。二つ目の名を聞いた途端、炎の勢いはただのランタンのように弱く灯火としてちょうどいい控えめなものへと変わった。

「……アンタ、どこまで知ってるんだ」
「いいえ、何も知らないわ。だから聞いているの。答えて」
「……。たしかに、我が君の名前はその通りだ。だがそのアウザーという人物は……」
「ごめんなさい、やっぱりその話は後で。アキトが疲れているわ。休ませないと」

　シズカが急に言葉を遮る。その語気に先ほどまでの冷気はない。
　心配そうに振り返る彼女の視線の先には、青ざめた顔の少年があった。

　リリー。
　リリー。


　少年を食中毒で殺しかけたにも関わらず一度も謝らなかった少女の名前は、サユリ。
　そして少年がネットゲームで遊ぶときにたまに使っていたハンドルネームは、アウザーだった。

　

目を閉じ、呼吸を調えて神経を集中させる。
早口に異国の歌のような言葉を唱え始め。

ふわ、と風が彼女の周りにまとわりついた。
大鍋が魔女の前に立った。

　alicecia -u wander -D　

ザッザッザッ（←マップを切り替える音）

どこか懐かしくなるようなメロディの歌だが如何せん歌詞が分からない……