朝、目が覚めてからすぐに服を着替える。

足、腕、首にリボンを結ぶ。

呼吸が、少しずつ楽になっていく。


そして、口元にリボンを付ける。

これでようやく、普通に呼吸をすることができる。


鏡の前に立ち、そっと口元のリボンに触れる。

ありがとう、とリボンに向かって話す。



今日も、君達のおかげで、僕は話すことができるよ。

　
近い。近いちかいちかいちかい
そんなによく見るほどできた物じゃないから、いつ怒られるかとひやりとしたけれど。

　

　
こんなに柔らかく、笑うんだ
顔が熱くなるのを感じる、が、

　

　
どきりとした自分に、苦笑が浮かぶ。
一瞬の自嘲は、青年の弾いた指の音にかき消される。
その手には、自分の髪留めのような、青年の髪のような、鮮やかな赤。

　

　

　
大事にする、と続けながら、リボンを受け取った。

　

　
今なら聞ける気がしたから。
少女は青年の口元のリボンを興味深そうに見ている。
好奇の目では無い。彼がリボンにこだわる様に、彼女は魔法に思うところがある。
魔術師としての、知を求める瞳が、そこにはあった。

青年の歯軋りが耳に届き、小さく悲鳴を上げた。
相手の表情を窺うも、感情の読み取れないその顔から思わず目を逸らしてしまう。

アシルの手の中にある花に気づくと、少し驚き戸惑いつつもそれを受け取る。

出せといいつつ勝手にアシルの手を取ると、
ポケットから取り出した細いリボンを人差し指に巻いてきゅっと蝶結びにする。

それは、優しい緑色のリボンだった。

変えられた話題に、男は異を唱えない。
歪む口端。造られた無表情は、いつしか常の嘲笑へと。

——そうだ、必要ない。思い出す必要など、初めから。