-----------------------------------------------------------------------------------------------
今回・次回の日記はユリアの少年時代のお話になります。
前回送信の金楊騎士（504）さんへのメッセから微妙に続いてるかも。
-----------------------------------------------------------------------------------------------









『アシュタルト家の御嫡男、ユリア・アハル・アシュタルト。』



広い王都で、その家名を知らぬ者など一人もいなかった。
大蛇の家紋を掲げ、八代に渡り宮廷魔導師を務めてきた魔術師の名家。王の御側に仕え、精霊の声を伝えるという『宮廷魔導師』の肩書きは、今では大臣よりも政治に対する発言権すら握っている。
富と、名誉と、権力を握る大貴族という訳だ。

ユリアは、そんな名家の一人息子であった。
魔術師の家系であるが故に、幼い頃より二つ上の従兄弟と共に魔法を学ぶ。
性格は悪戯盛りのやんちゃ者。本音を言えば座学はあまり好まなかったが、隣に競う相手をおけば誰より真面目に取り組む根っからの負けず嫌いで、その性質も相俟ってか父からその才能を受け継いだ彼は、同じ年代の誰よりも早く魔法の扱いを心得る。ユリアは自分が誰よりも優秀である事が得意だった。

『ユリアはすごいね。』
『かしこいね。』

『魔導師様の息子だものね。』


—— おかしいな……。

そう感じ始めたのは、まもなく十の歳を迎える頃。
何をしても、どんなに努力しても、だれも『ユリア』を認めてくれないのだ。
『魔導師様の息子』だから、ユリアが優秀である事なんて生まれた時から決まっていた事なのかもしれない。

—— 俺は俺であって、親父じゃないのに。

いつしかそう思うようになっていた。
その頃から、ユリアは魔法を学ぶ事から逃げ出すようになる。周囲に追い越されるのは、あっという間の事。
気付いた時には、『魔導師様の息子だから』が、『魔導師様の息子なのに』に変わっていた。その頃ユリアは、いわゆる“落ち零れ”へと転落していたのである。



「ねえ。お前、魔導師様の息子なんだろ？」
「魔法、使えないんだってな。」

ある昼下がりの事。ユリアを囲んでそう声をかけたのは、同年代の街の子供達。

「使えないわけじゃねえよ。好きじゃないだけ。」

極力感情を込めないように、そっけなく返事をする。

「魔導師様の一人息子なのにユリアは出来が悪いんだって大人が言ってた」
「デキが悪いって何？」
「ダメな奴って事だよ」
「魔導師様の子供なのに」
「ユリアも大きくなったら、魔導師様になるんじゃないの？」

「ならないよ。」

（ —— 嗚呼、まただ。）
はらわたが煮えくり返りそうな思いを押さえながら、咄嗟にユリアはそう答えていた。

「俺は魔導師になんてならないよ。」

「なんで？」
「魔導師様の子供なんだろ？」

聞き飽きた言葉が飛び交う。
宮廷魔導師の息子だからなんだと言うのだろうか？どんなに背伸びして、どんなに前へ進もうと、目指すべき背中がいつも目の前にある。息苦しい。魔導師様の息子だから……名家の一人息子としていつか宮廷魔導師を継がなければならない身であるから、自分はいつでも父のように立派で聡明な男でなければならない。
未だ幼いユリアにとって、在るべき姿である父の背はあまりにも偉大すぎた。


「ねえ。もしかしてお前の親父って偉ぶってるだけで、ほんとはスゴい人じゃ無いんじゃないの？」


考えるよりも先に、拳が飛び出した。
それは相手の頬に真っ直ぐ直撃し、鈍い音が響く。殴られた子供は怒ったように何か喚きながらユリアに飛びかかり、周囲もそれに続いた。
腕っ節には自身があった。体格も大きい方ではなかったし当時よりその身は女のように白く細かったが、例え自分より体躯の大きな相手であっても喧嘩に負けた事は一度も無い。それに何より、どんなちっぽけな争い事でも負けるのは大嫌いだった。年上だろうと相手の数が多かろうと、齧り付いてでも退けてやった。

こんな奴らにプライドを汚されるなんて最悪だ。
俺も、親父も、違う人間なのに、それが理解できないこいつらは頭の悪い奴らだ。
頭の悪い奴に俺が理解できてたまるか。

馬鹿馬鹿しい。


くだらない。


つまらない。



鬱陶しい。




そうしているうちに、気付けば一人になっていた。
目に映るもの全てがどうでもよくつまらない事のように思えた。




そんな時 ——

『何でもやってみた方が面白いこと見つかるんじゃねえかな』

そんな言葉をかけたのは、父の旧友であると語る一人の若い男であった。




＜少年記・前半＞

金毛はぺこりと頭を下げる

初対面の人形は、まるで青年の身の周りを知っているような口ぶりで話す。

目の前で交わされる会話を少しの間眺めるが、
青年が何かに気づいた素振りをした、それを見計らって

そう言いながら、青年が腰にさげている剣の柄をコンコンと叩く。