「……わたしは、何をしているのかな」

夜、焚き火のそば。一体のエンブリオがそうぼやく。他にそばにいるのは、二体のエンブリオと、一人の人間……恐らくは、エンブリオの主。そして今は夜中で、火の番の最中のはずだ。

「ほら、ナイトの番だよー」

人間がそう声を掛ける。ナイトと呼ばれたエンブリオは、諦めたように手札を一枚切った。

「（ああ、何でこうなったんだろう）」

***

妖精戦は無事に終わったらしい。いよいよわたしが捨てられる時が来た。覚悟は未だ出来ていない、直前に為された会話に困惑したままだ。
予告もなしに、ドールとしての契約が破棄される。直後、何か感想を抱く間もなく。わたしの身体に、強い生命力が流れ込んできた。
再び繋がる契約のライン。失われた感覚が蘇り、隅々まで行き渡った。全身で感じる、森の風。生まれ変わったかのような気分とは、こういうものか。
そっと瞼を開けば、その瞳が風景を映す。今までのようなぼんやりしたものではない、明瞭な視界。

「……どう？何ともないかな？」

その中に、女性の姿が映りこんだ。……聞き覚えのある声、この人が私の拾い主だろう。こんな顔をしていたのか。
漸く、先の会話の意味が分かった。この人物は私をドールではない新たな存在と見なして、再契約したのだろう。
そういえば、先ほどから以前とは違う感覚がする。……これは、風の妖精の力だろうか。

「ん、まあ無事に済んだみたいかな、その様子だと。どうもエンブリオっていうのはよく分からないから、契約のたびに不都合が出ないか不安になる……」
「……そうそう。どう？喋れる？」

言われて、口が動くことに気が付いた。こちらではずっと捨てられた人形をやっていたものだから、喋ることを忘れていた。
口を開く。先ず、呼吸音。少しずつ震える声帯。不思議な感覚だ、以前はこんな感覚だっただろうか。意識の集合体だったから、生命らしい構造なんてしていなかったかもしれない。

「……。……ー、ぁ、〜〜、ぁ。ぁ、あー、あー」

たっぷり時間をかけて、声を出す感覚を取り戻す。
その様子を女性は、笑顔のまま見つめていた。

「大丈夫みたいだね。気分はどう？」

「…………悪くは、ないよ」

何とも愛想の悪い返事だと思う。私を大事にしてくれる持ち主との付き合い方なんて、今更分からなかった。
引き摺っているのかもしれない。恥ずかしいのかもしれない。ただ、悪い気分でないことだけは本当だった。

「名前は、なんていうのかな。あるんでしょう？」

わたしの、名前。一介の人形であったころは、何と言う名前だっただろう。その後は。たっぷり悩んで、私が答えた名前は。

「……ナイト」

「私はフィア。よろしくね、ナイト」

フィア。あなたはわたしを、■■から引き上げてくれるのかな。

***

そして現在。4人揃ったから、フィアは意気揚々と遊び道具を持ち出したのだ。

「やっぱ4人じゃないとちょっとねー。ナビはあんなだし、ヘイアンは付き合ってくれないし」

タン、と小気味のいい音を立てて、牌が盤を叩く。

「ミモザなんて『麻雀？ごめんね、賭け事はトランプとチェスくらいしか分からないんだ』なんて言うんだよ。オシャレぶんなって思わない？」

「強引に巻き込んだらいいのに……」

ナイトはそうぼやくが、フィアはどこ吹く風といった体で聞き流す。ため息をついて肩をすくめた。
……頭の中で、こういう気安い関係が友達なのかな、なんて思いながら。

「遊び相手がいないからって、自分のエンブリオと遊ぶって。寂しくない？」

「私悪くねーし……」

　自分たちだけの問題だとわかりきっているのか、元気な答えが帰ってきた