今は夜。ここは前線から離れた町の宿泊施設。
イサナは大事な用事が有るとの事で、私は双葉と留守番である。
双葉はイサナに指示されていた、『充電器』とやらの補充作業のため
小さな機械のハンドルをグルグルとまわし続けている。

イサナが「寝る場所くらいはイイ所」と言って押し切ったため
必要以上に高級な宿に泊まっている。お陰でどうにも落ち着かない。
それでも身体を休めないと明日に差し障る。
ここは無理にでも寝ておかないと。

「あー…　これは。フカフカする。暖かい。幸せを感じる」

高いだけあって、良いベッドだ。このご時勢にこんな贅沢してはどうも気が引けるが。

「食べるか？　もっとシアワセになる」

双葉が何か白いモノを持ってきた。何かこう…ハンペンみたいな。
半月状に盛り上がった丸いふわふわしたモノだ。

「……食べ物なのか？」

「食える。銘菓『ホッペタ』。ヒメが好きなヤツ」

「……ヒメ？」

知らない名前が唐突に出てきたの思わず聞き返す。

「ヒメはヒメキの事。ヒメキはイサナの嫁」

イサナの嫁。その言葉に心臓の鼓動が早くなる。

「本当に居るんだ。奥さん」

正直、イサナが既婚で同姓の妻が居ると言い張っていたが半信半疑だった。
双葉も居ると言うなら。きっと本当の事なんだろう。

「……本当に。居るのか」

一体どんな人なんだろう？
『あの』イサナの奥さんとなると。…まったく想像が付かない。
考え込んでる私を見て双葉が口を開く。

「写真ある。見たいか？」



「……ちょっと。見たいかな」

「ガッテンショウチ。でもイサナにはナイショだよ。いいね？」

「……分かった。言わないよ」

双葉は少し悲しそうな表情を見せた。…何？　何かやらかしたか？
自分の不安をよそに、双葉はイサナのカバンから小さな額縁を取り出してきた。

「この人がヒメ」

写真にはイサナと二人の女性が写っていた。

中央にはイサナが足を組んで踏ん反り返り、双葉が指差す左隣には黒いドレスの
女性が姿勢正しく座っている。イサナより一回り小さく見る小柄な人。

子顔でスタイルが良く、薄い茶色の長い髪をツインテールにして垂らしている。
目は目尻が吊り上っており、凛々しく気の強さを感じさせる。
かなり可愛らしい人だ。装飾は控えめで、金や赤の色が目立つイサナとは対照的だ。

「……綺麗な人だな」

「頭も良い。運動神経抜群。料理が美味い。イサナには勿体無い」

「……それは。罪深いな」

「でもキレるとハンパねぇ。バラバラに引き裂かれる。コワイ！」

「………オウ」

確かに。この視線の鋭さは。肉食獣的ではあるが…
『あの』イサナの奥さんである。ダークサイド的側面が有ってもおかしく無いかもしれない。

写真をよく見ると、集合写真の切り抜きのようだった。
長いソファに座っているイサナと奥さんともう一人の女性を何人かで囲んでいるようだ。

「この右隣の人はだれなんだ？」

「そっちはシヅルさん。イサナの親友」

親友…だと。

「イサナにも友達が居たんだな」

「……メルセドア。それ、言いすぎ」

「……イサナにはナイショだぞ。いいね？」

「アッハイ」

心なしか、いつもぼんやりしている双葉の顔が嬉しそうに緩んだ気がした。
秘密の共有というやつだろうか。自分も少し表情を緩めてしまう。


「この人も。美人だな」

イサナの親友らしい人。ヒメキさんが幼さの残る可愛らしい外見なのに対し
シヅルさんは大人の美人といった感じだ。

背はイサナと同じくらいか。
ヒメキさん以上に目力が凄まじく、切れ長で鋭い視線を投げかけている。
黒く長いストレートの髪を腰まで伸ばし、男物のスーツ姿はボディラインを際立たせている。
スタイルがイイはずの他の二人が霞んでしまう程度に、スレンダーで胸も適度に大きく
上から下までグゥの音も出ないプロポーションに、羨ましさを通り越し嫉妬すら沸いてくる。

「美人どころじゃないな、この人…」

「シヅルさんは強くてカッコいい。あと金持ち。権力もある。
　でもイサナに甘い。イサナがやりたい放題なのは、この人のせい」

「……それは。罪深いな」

本当にそれはイケナイことだと思います。
そんな人が後ろ盾してロクな人間になる訳無いじゃないですか…

「何か。イサナが浮いてる気がする…」

「イサナ、頭弱い。金遣い荒い。働かない。時間にルーズ。
　卑怯。字が汚い。趣味が悪い。女癖悪い。ヘンタイ」

もういい。もういいから…

「……良い所も頼む」

私の言葉に双葉はポヤンとした顔をする。これは…地雷だったか？

「………強いところ」

「…強い？」

あまり予想してない答えだった。
確かに人間とは思えないパワーを持っているとは思っていたが。

「うん。イサナは強い。力持ち。どんな困難も力尽くで粉砕する」

それはどうかと。

「筋よりもルールよりも仲間を守る。敵はミンチよりヒデェ目に合わせる。
　どんな暴力からも守ってくれる。だから私たちは安心して生きてける」

「……仲間を。守る？」

双葉は頷いた。

「イサナの仲間は社会のはみ出し者だから、周りは敵だらけ。
　そんなとき最後にモノを言うのはイサナの暴力。
　アレで結構頼りになる」

双葉はＶサインを作ってみせる。

「……そんな所も有るんだな」

色々と思うことはあるが。そんな側面がイサナにもある事を知れて少し嬉しかった。

私は。イサナに『仲間』と思われているのだろうか？
それとも。利用しているだけなんだろうか？

ベッドの上で仰向けになりながら、とりとめもなく数日前に契約した
パートナーの事を考えた。


初めて出会ったときの、強引な契約を迫る姿。

浮気のほとぼりを冷ましにきました発言に、ついカっとなった私に殴られてしまう姿。

私の胸倉掴んで、煮え切らない態度を叱り付ける姿。

道具呼ばわりしながら、双葉を助けにモンスターを殴り飛ばした姿。

金を借りたくて私に頭を下げる姿。


イサナは私の事をどう思っているんだろうか？


「それにしても、イサナは何処に行ったんだろな？
　わざわざ金借りてまでこんな夜にさ」

私の呟きに、双葉は目を細め憐憫の篭った視線を投げかけてきた。

「メルセドア。イサナに金貸したのか？」





「……貸しちゃったな」



「……ナムサン」

「な、ナム？　どういう事っ？」

「勉強代だ。また働こう。大丈夫だ。まだメルセドアは若い」





返してくれますよね？　約束しましたよね？　イサナさん…

つちのこは引きずられている

つちのこは何かを隠した！