しょうがないか。まぁボクもこのまま大祭壇に向かわなきゃいけないし、迎えの手間も省けた。

ルイーザは何か言いたげにボクを見つめる。

それもそうなんだけど。

そういえば結局マリアがどうしてマハンの里に攻撃をしたかは聞けず終いだった。
なんであんなことをしたんだろう。軍事的な意図でマリアがそんなことをするなんてとても思えないんだけど。

祭壇入り口に向かおうとするボクを、ルイーザは強引に捕まえて止めようとする。

　

ルイーザの言う通りだった。
実際ルイーザは通常の倍くらい魅了の効果が強く作用していた。
ボクはアレを使ったのは初めての経験だったが、普通はあんなに長期間は作用しないって後からカラバに聴いた。

そのままルイーザは泣き崩れて、その場にうずくまってしまった。
こんなルイーザ初めて見た。まるで堰が崩れたように。

ボクはうずくまったルイーザの肩に出来るだけ優しく手を置いた。

ボクは今から行かなければならない。
でも、今ここで彼女を突き放したくない。どうすればいいんだ。

ボクはルイーザの肩から手を離し、大祭壇の入り口に目をやる。

さようなら、ルイーザ。多分、これが今生の別れになるだろう。





開かれた分厚い扉の奥には、更に下に続く階段が待っていた。
僅かながら灯りが燈されてる。これは動力が通じたから点灯したのだろうか。


ここでコケて余計なダメージを負ったら洒落にならない。
ボクは慎重に壁伝いに手を沿わせながらゆっくり降りていく。

階段を降りると、やや広い回廊に出る。
想像以上に規模が大きい。こんなものがあの小さな教会の地下にあったとは。
あそこが本来の正式な入り口じゃないな。偶然残された裏口の一つがあそこだったのだろう。




湿気がすごい。だがそこまで不快じゃない。これはずっとここに籠ってた水分じゃないな。
おそらく動力として取水した海水からの湿気だろう。そういえば僅かながら潮の匂いも感じるな。
十年に一度とはいえ、塩分の被害も蓄積するはずだ。アレキサンダー堤防がなかったらもっと劣化が進んでいたろうな。

そうか、ガルディオの意図はそういう意味でもあったのか。祭壇の封印と同時に保存でもあったんだ。
アステマ・ファムが原初に還るまでは祭壇の力が失われたらどうなるかわかんないもんな。


ボクは回廊を進んでいく。やがて大きな回廊は、巨大な祭壇に行きついた。

なんて規模だ・・・こんなもん掘って探そうなんて馬鹿げてた。
いや、素人のボクじゃなくても水神教を研究してる学者先生でも流石にこんな規模は想像してないんじゃないか。

周りに設置されたいくつものモニュメントが青く発光している。
恐らく水力を魔力に変換する装置があるんだ。多分、粉ひき小屋の水車のように。

そして中心に設置された巨大な祭壇・・・そして、カーラの姿がそこにあった。

カーラ・・・なのか。大分様相が変わってる。
両目の色が青に、頭髪は真っ赤に染めあがっている。

そうか、これはリヴァランの言っていた七支刀を使った影響だ。

それにしても何て妖気だ。カラバの言う通りだ。

これはミストの妖気も食ったな。八公爵レベルの倍はあるんじゃないか。
こんなの全盛期のボクだって簡単に捻られてしまう。

対してボクは、全ての妖気を失ったまま。言ってみれば人間の少女とほとんど変わらない。
しいていえば疑似エンブリオ契約である程度は戦えるが、こんなバカみたいな妖気の前じゃほとんど誤差だ。


勝てない。


わかっていたけど本当にどうしようもないぞこれは。こんな奴どうしろってんだ。

勝つとか勝たないなんて以前の問題だ。
こいつと戦うなんて冗談じゃない。怖い。逃げ出したい。




だけどこいつは、ボクがここで止めなければマリアを殺す。

マリアだけじゃないだろう、きっとルイーザも、他の孤児達もその手にかける。
・・・かつてのボクがそうしようとしたように。



それだけはダメだ。やらせない。絶対にやらせない。


君はここでボクが食い止める。
例えどんな手段を使おうと、その後どうなってしまおうとだ。

・・・テルル、いつか君はボクに言ったね。

『きっと貴女にもそれがわかる日が来ます。』

どうやら君の予言は当たってしまったみたいだ。

むに、と自分のほっぺを両手で挟んで、口元を上げるように動かして見せた。

そういうとヘリヤの顔をみてにこーっ、と笑う。