アルタクスを全力で走らせ急ぎ教会に戻る。

全てのキーはあそこにあった。どうしてこんなことにずっと気付かなかったんだ。
あの双子と最初に会ったのも森の中だったじゃないか。最初から知ってたんだ、ミストとカーラは。

シヤンハイルの森に『龍の木』が群生していたというのもそのためだろう。聖地だったんだ。
だから市街地も森林を破壊しない程度離れた地点に作られた。

水神教の時代、シヤンハイルの森が周辺の交通の起点になっていたのはそのせいだ。
その後水神教が廃絶され、タリスベル教を浸透させる緩衝期に両教を習合させる狙いもあって、大祭壇の上に教会を建てたんだ。

タリスベル教の狙い通り、長い年月をかけて水神教は忘れられ、やがて教会も町の中央に新設された。
だけど、その使われなくなった森の教会の下に大祭壇が眠ってることに気付いたのがアレキサンダー・イブリスだったんだ。
教団内にもそのことを知ってる人間がもういなくなってたのだろう、アレキサンダーはまんまと教会を買い取り、そこを孤児院として使い始めた。

だけどそれだけじゃ足りなかったんだ。


そう、床扉の奥は塞がれていて立ち入ることが出来ない。

そこで思い出すのがロルフの残してくれた紙片だ。

『メリフリアス大祭壇は川から取水した動力で動いており、生きた祭壇であるとも言われた。』

恐らく、川からの取水で祭壇の動力が入らないとあそこの入り口が開かないのだ。

では何故現在祭壇には川からの動力が入っていないのか。

恐らく動力源となる取水口はメリフリアス本流ではなく、反対隣の旧ハームラの川底にでもあったのだろう。
つまりハームラ堰が建設され下流が枯れてしまうことによって祭壇はその活動を停止した。
深読みするとハームラをあそこで堰き止めた狙いはそれもあったのかもしれないが、今となってはそれはわからない。


アレキサンダー・イブリスは途方にくれたが、やがて十年に一度だけチャンスがあることに気付いてしまった。

十年に一度、シヤンハイルに訪れる異常潮位は川を大逆流しシヤンハイルの森近くまで汽水域にと染め上げる。

つまり枯れてしまった元ハームラを逆流して、恐らく祭壇の取水口まで到達していたのだ。
異常潮位のときにだけ、メリフリアス大祭壇は生き返っていたのだ。


当時は龍の木はシヤンハイルの森にいくらでも生えていたはず。
こうしてアレキサンダーはメリフリアス七支刀をいくつか作り出し、うち一本をアステマ・ファムに使い『逆行術』をかけたわけだ。

そして、ノワークラの黒式が余りに重いリスクであったことを知ったアレキサンダーは祭壇を二度と使わせないために
アレキサンダー堤防を建設し、取水口への潮の逆流を食い止め、祭壇を永遠に封印した。

まあまさか敵対勢力の魔剣でアステマを打ち壊すチャンスが巡ってくるとは思わなかったのだろう。そこはしょうがない。





しかし、逆行術の効果は思ったよりスローだった。アステマ・ファムが原初に戻るまで数百年の時を待たねばならないことになる。

そこで現政派にほとんどの目論見はバレてしまったのだろう。

一通りの情報を引き出された後、再びアステマを持って逃亡することを恐れられた彼は暗殺されてしまった。
思えば、木になってしまわずに済んだことを考えれば彼にとっても運が良かったかもしれない。








だから現政派であるミストとカーラは、最初っからほとんどの情報を与えられていたはずなんだ。

シヤンハイルの森に『龍の木』が群生していたことも。
メリフリアス大祭壇が孤児院地下にあることも。

そして恐らく、孤児院のシスターマリアがエリスであったことも。


唯一の問題はリヴァランが根絶やしにしてしまった『龍の血』の入手であったはずだが、
それは思わぬ所・・・忘れられた村の老婆の好意で早々に手に入れてしまった。
まんまとボクを欺いて・・・くそっ。

本来ならそこでもう、後は異常潮位の日を待てばいいだけのはずだった。
だがしかし、彼女達はそれからも常にボク達と接触を重ね、イブリスホームと周辺の情報を収集し続けた。

恐らく、アステマ・ファムの所在を探るため。



結局彼女達の任務は自分達の延命ではなかったのだ。いや、あわよくばそれも出来ればとは思ってるだろうが
本懐はそれではない。あくまでアステマ・ファムの入手と、それを永く使っていくための『逆行術』のキャンセルだ。



そして彼女たちに定められた裏切りの日。それがシヤンハイル異常潮位の日、今日だったんだ。
アステマもマリアの元に帰って来た。恐らくその情報もどこからかのルートで彼女達も掴んでると考えた方がいい。


今がベストタイミングなのだ。彼女達が裏切りの狼煙を上げ、分断してる戦力を確実に削ぐチャンス。



早く戻らなければ、カラバは・・・。









馬を使ってもムァルコからイブリスホームまではかなりの距離がある。
結局、何とか着いたころにはもう日が暮れようとしていた。


シヤンハイルの森の奥、イブリスホームの中庭。
大きなホイホイの木に寄りかかるようにして、彼は座っていた。






ボクにもわかる、致命傷だった。

ボクは周辺を見回す。ミストとカーラの姿はとうにない。
ただ、すぐそばにミストの衣服と大量の灰が散らばっていた。ボク達妖魔種は死んだ瞬間その亡骸は灰と化す。
そうか、ミスト・・・君は死んだのか。

ボクはカラバの手をとる。彼はボクの手を握り返してくるが信じられないほど弱々しい。
このデカくてごっつい手が、まるで子供みたいな力だ。

ボクは思わずカッとなって弱ってる彼の胸倉を掴む。

カラバは近くに転がっている彼の荷物袋を指さす。

ボクは荷物袋を漁ってタバコケースを見つけ出す。ユベール地産のタバコだ。
そういえばこれがフェイバリットだって言ってたな。

ボクは彼に最後の一本をくわえさせ、火をつけてやる。
カラバは気持ちよさそうにフーッと煙を拭いた。

吸い殻を落とさないまま根元まで真っ白になったタバコが重みに耐えきれずボロっと落ちる。
同時にカラバの巨体は、あっという間に灰となって崩れ落ちた。
そこに残ったのは、大柄すぎるプレートアーマーと大量の灰だけ。

ユベール随一の剣士は、ここシヤンハイルにてその数百年の生涯を終えた。

カラバ、君は本当にそれで良かったのか。
君の心はここではない、ユベールにあったはずだ。
わからない、ボクはわからないよ。





その後、ボクはカラバの遺灰を出来るだけ集めて小さな箱に閉まった。
彼はここで眠るべきではない。ユベールに・・・ユベールに帰してやらねば。
ミストもあのままにはしておけない。風が吹いて散らばってしまう前に、彼女の身体もちゃんと集めておかないと。

そして箱を持ったまま孤児院の中に入り、こじ開けられた礼拝堂の床扉を見つけた。
床扉から地下に降りると、マリアの言ったとおり倉庫のような空間と、古ぼけた分厚そうな扉がある。
ただし、彼女の証言と違うのは・・・その扉が開いていることだった。

この奥が、メリフリアス大祭壇だ。

やはりカーラはここに侵入したようだ。

ミストの衣服の中には彼女が常に身に着けてたブラッドアンバーの首飾りがなかった。
やはり彼女達はあれが『龍の血』であると知っていた。恐らく今頃メリフリアス七支刀を手に入れているだろう。
逆行術のキャンセル方法は見つかったのだろうか。

異常潮位は後どれくらい続くのだろう。恐らく満潮の時刻と重なったうえで現在の潮位をキープしているはずだ。
すると恐らくそう長い時間はこの入り口は開いてはいないだろう。



恐らくカーラはこの奥だ。

ここで彼女はアステマ・ファムの『逆行術』の解除方法を手に入れる。
もし、それがなかったとしてもどっちにしろ、その後は、マリアを殺し、アステマを奪うだろう。

行かねばなるまい。決着をつけに。

祭壇に踏み込もうとしたその時、突然後ろから声をかけられた。

振り向くとそこにいたのは、ルイーザだった。

などと現実的なことを心配し。

酷いなあと苦笑しながら。

気圧されているのか、或いは単純に興味があるだけなのか。
シオンもまた、真剣な面持ちで考えている様子。

ヘリヤに見据えられると、少々どぎまぎし始める。