うららかな風がメリフリアス河岸で釣り糸を垂れるボクの頬を優しく撫でる。

今日はいつも釣りをするポイントよりかなり下流の方、河口近くにいた。
海釣りはまだ勝手がわかんないので、まず汽水域でどんな感じで釣れるか様子を見にきてみたのだ。



しかしさっきからすぐ傍の堤防の方が騒がしい。人がたくさん行き来して何やらやっているようだ。

堤防は船溜まりを作るために作ったもので、アレキサンダー堤防と呼ばれていた。
何でもその昔、アレキサンダー・イブリスが出資して作られた堤防らしい。
堤防の向こう側は例の森の西側の窪地帯へと繋がっている。

その人だかりの中に知ってる顔を二つ見つけた。マリアとフリードリヒだった。

二人は誰かに深く頭を下げたあと、こっちの方に歩いてきた。あっちもボクに気付いたらしい。

へえ。彼はもっとカッコつけた仕事に就きたがると思ってたんだけど案外堅実な奴なんだな。

ボクは釣りを止めにして今日はこっちに付き合うことにした。
フリードリヒがこれからどういう生活をするのかも興味があった。




部屋は既に町内の安いアパートの部屋が決まっているらしい。
入ってみたら、ルイーザが掃除をしていた。

そうか、リーズルが行っちゃったから。

部屋は長らく使われてなかったらしい。

まず窓を全て全開にして換気をしながら部屋中の埃という埃をはたく。
窓から差し込む陽光が風で舞い散る埃をキラキラと照らした。

ボクはこいつを嘗めてた。

ちゃんと考えて生きてたんだ。自分が何を成したいか。何者になりたいのか。
だから毎晩あんなに必死に勉強してたのか。ただ仕事だからということではなく、少しでも今年の機会に自分の力をつけるために。

いや、こいつだけじゃない。
他の孤児一人一人にもきちんと人生があったのだ。いや、これからあるんだ。

ボクは何とも言えない、喪失感、虚無感のようなものにかられてしまう。
思わず数秒間立ち尽くしたところ、ルイーザが目の前にランチボックスを差し出してきて、我に返った。

ルイーザはリーズルがいなくなってから、目に見えて料理の腕が上達してるように見えた。

呆然とサンドイッチを食べてたボクをいきなり現実に戻したのがフリードリヒの思わぬ一言だった。

さっきアレキサンダー堤防に人が一杯いたのはそのせいか。

アスモデウス王領だ。つまり現政派の仕業か。何故そんなことに出資するんだ。
ミストとカーラも絡んでるのだろうか。あの二人はボクの知らないとこでいったい何を掴んでるんだ。

ボクが考え事をしてると今度はマリアが隣に座って来た。

マリアは少し誇らしげな顔をして、フリードリヒの背中を見つめた。








それから数日が経った。

煌煌と眩しい朝日に照らされて、フリードリヒは旅立ちの朝を迎えた。
引っ越しは基本孤児院総出で手伝うので朝から皆で馬車に荷物を積んでいる。

マリアが限界までフリードリヒに食糧を持たせる。

そういやボクもユベールを発つとき、母様にこんな風にやたらと食糧を持たされたな。


フリードリヒはクルトと腕を組み、拳を軽く合わせたあとガッシリ抱擁しあう。

なんだありゃ。男の世界ってやつか。

リヴァランは、まるで自分のことのように誇らしげな顔してフリードリヒを見つめてた。
こいつも男の世界か。よくわからんね。

フリードリヒは孤児一人一人に何か言って回っていたが、やがてボクのほうにもやってきた。

ボクはそっぽを向きながら何を言っていいかわからず、ゴニョゴニョと受け答えをする。
そんな様子を見てフリードリヒも何かを察したらしい。

やがて荷作りは一通り終わり、フリードリヒは馬車に揺られて孤児院を発った。
陳腐な言い方だと思ってたが、背中が大きく見えるって本当なんだな。






・・・。


朝のドタバタで何だか疲れてしまったボクはそのまま昼下がりまで寝てしまった。
その後は少し遅めの昼ご飯を食べてから、この周りをルイーザとブラブラと歩いていた。

夕陽が沈む。今頃フリードリヒは町の下宿で荷解きでもしてるのだろうか。

ボク達は西の窪地帯から北へ向かって歩いていき、アレキサンダー堤防まで辿り着く。
相変わらずたくさんの人達が忙しそうに何かやりとりをしている。

一瞬時が凍り付いた。

ルイーザはしばらく笑い転げていたが、やがて平静を取り戻しボクのほうを向いた。

今度はルイーザのほうが少しだけ寂しそうな顔をしていた。

ルイーザはすくっと立ち上がって来た道をまた戻り始める。

ルイーザはそう言って髪をかき上げる。そういえば最近彼女も雰囲気が変わってきたように思う。
そういや背も少し伸びたんじゃないかな。


あれ？そういやさっきルイーザ何か言いかけてたな。何だったんだろう。





日没後の肌寒さすら最近はあまり感じなくなってきた。春が来たんだね。

『フリードリヒ、頑張れよ。』

ボクは川を挟んで少し離れた、フリードリヒのアパートの方に向かって心の中でつぶやいた。

ドンッ！！！！


ピー……

早速遠慮なしに言ってきた。
褒めているつもりなのだろうが…。

思いっきり困惑し始めた。