ここのところ空気が芯から冷える感じがすごい。

もっとも、シヤンハイルは海に近いので高地であるユベールなんかよりは寒さはよっぽどマシなはずなのだが
何分暖かい暖炉と分厚い石壁で作られたフォルネウス邸とオンボロのイブリスホームじゃワケが違うのだ。

寒い。とにかく寒い。

おまけにシヤンハイルは北側から吹き付けてくる海風がそのまま山脈にぶつかって豪雪地帯とまではいかないのだが
雪がそれなりによく降る。

最近は雪かきすることが多くて若干腰も痛い。
だけど、雪は面白いね。雪ダルマやカマクラを作るのは滅法楽しい。
はしゃいでマルタと雪合戦をしてたら寒そうにしてるルイーザに子供ねって呆れられてしまった。

そんな感じで、一時的ではあるかもしれないけど、取り戻した平穏の中でボクは初めての冬を満喫していた。

ルイーザそんなん聴いてどうすんの？

ボクはとりあえず母から聴いていたうろ覚えの誕生日をルイーザに教えたのだが、
思えば皆の態度がよそよそしくなったのはこの時がきっかけだったのだ。

マリアが飲みかけのティーを吹き出す。

変なマリア。どうしたんだろ。

一人で悩んでるマリアをそのままにして廊下に出たら今度はリーズルが絡んできた。

そう言ってリーズルはボクの背中を押し外に追い出そうとする。
おいやめろよ外は寒いだろ何すんだ！！！！

とりあえずボコボコにして外の雪ダルマに埋めてきました。

戻ってくるとき、今度は別室で何やら作業してるフリードリヒと目があったけど、またセクハラされると
毎回雪に埋めてくるのもめんどくさいので気付かないふりをした。

危うく命まで失うところだった。どうなってるの。

ルイーザはどうやら何のことだかわかってるらしい。

そう言って彼女はふふっと笑うと自分も何かの作業をしに別室に向かってしまった。

ボクはとりあえず暖炉の前に陣取って、普段は読まない物語系の本などを読んでみたりしてゴロゴロした。

お気づきだろうが、それは突然やってきた。

夕食の時間、欠伸しながらダイニングに向かったボクを出迎えたのは今までここでは見たことないくらいの
たくさんの御馳走、ベリーとクリームどっさりのケーキ、それに部屋中埋め尽くすほどの飾りつけ。

皆がうんうんとする中ボクだけがあっけにとられて立ち尽くしていた。

瞬間居合わせた全員がずっこけた。




つまり、ボクは知らなかったのだ。誕生した日を記念するために毎年お祝いをするという習慣を。
何度も言うが、ボクは誕生日を迎えたのは初めてだったのだ。

ルイーザがその辺懇切丁寧にボクに説明する。

いや、嬉しいよそりゃ。あっけにとられてるけど。

孤児達の半数以上は誕生日が不明らしい。

彼らはここに来た経緯は様々ではあるものの、決してただ幸せな人生を送ってきたわけではない。
誕生日どころか、正確な年齢すら怪しいものもいる。

もちろんわかるものもいるにはいるのだが、その子だけ祝っていたら当然不公平になる。
なので本来基本的にはここでは誕生日パーティーはやらないことにしているらしい。

だが、今回ボクの場合に限り特例でやろうという話になったのだそうだ。
おそらく、先日の件も関係しているだろう。迎え入れようとしてくれているのだ、ボクを。

それから皆で楽しく晩餐の時を過ごした。
食事の時は毎日楽しいけど、こんなに嬉しいのは初めてだったな。



そして食事が終わって、ボクが自室でさっきの本の続きを読んでいたときのことだった。

当然身に覚えはない。顔見知り程度はともかくボクは実質シヤンハイルには友達なんて一人もいないからだ。
とりあえずこの寒い中玄関で待たせては悪いと急いでむかってみる。
玄関には寒そうな顔をしたミストが傘についた雪を払いながら待っていた。

ミストはやたら深刻な顔をしていたが、それだけ言って帰っていった。
中で少し温まってから行ったらどうだと薦めたが、やんわり遠慮された。まぁ、そりゃそうか。
それにしても驚いたな。まさか彼女がそんな用事でここを訪れるなんて。

しかし、妙に落ち着き払ってしまっているが、注意してくださいどこの騒ぎじゃないはずなんだよな・・・。
本当ならここから逃げなきゃいけないくらいの事態のはずなんだけど・・・。

まぁ、ぶっちゃけてしまうとボクは自信があったのだ。誰が来ても簡単に返り討ちに出来るだろうと。
とりあえずそのまま付けてはいるものの、もういつでもイヤリングを外すことが出来るのだから。


とりあえずボクも自室に戻ろうと踵をかえしたら、ルイーザがいた。

・・・。

奇跡的に彼は無事だった。

よくわからないが銀髪の美少女の幻覚が見えて、頭を三回撫でてくれたといっていた。

※22日目の日記の時間軸より前での返答になります。

ふぅ、と溜息を吐く。

大事なものとは大切な人、という前提の下に訊いているようだ。

生真面目そうにうんうんと唸っている。