—メリフリアス水神教。

タリスベル教がシヤンハイル地方に入ってくる以前から存在していた土着の宗教で、
メリフリアス六つの支流それぞれの水源を司る六柱の竜神を崇める宗教だ。
竜神は時間と輪廻を司る神だそうな。死んだ者は魂が浄化されまた次の誕生を迎える。
死後に終末と裁きの日を待つタリスベル教とはそこが大きく違う。

その後根強く残ってはいたが、最終的にはタリスベル教団の廃絶運動により駆逐された。
その為この地方では旧教などと呼ばれたりする。
しかし、シヤンハイルハロウィン等、未だにその名残も多い。

そう、ルイーザがあの印鑑さえ拾わなければ。

あの印鑑から出てきた古代クリステル文字の中に一つだけ紛れ込んだ古代妖魔文字のサイン。
何者か、妖魔が二百年前に水神教祭壇の遺跡を掘り出して儀式を行ったことは事実なんだ。

二百年前にこの土地を訪れた妖魔といえば・・・そう、先日テルルから聴いたあの話を思い出すのだ。



とりあえずボクはルイーザが夏祭りの夜、印鑑に『引っかかって』棒立ちになっていた朽ちた小屋の前を訪れた。
孤児院からちょっと北の方に位置するので、ここからは『北の小屋』と記述しよう。

北の小屋は森の中でもかなり道から外れた茂みの奥に建てられていて、通行人からは見つけづらい位置にあった。
これは催眠状態になったルイーザが自動的に肝試しのポイントから孤児院までの直線距離を、道を無視して
ゴリ押しで進んでいったため、たまたま発見することが出来たのだ。
ある意味、ボクの杜撰なプログラミングが功を奏したとも言える。


多分、隠すためにここに建てたのだろう。

しかしこの鍵はそう古くない。様式から考えて恐らく古くても十年か二十年程度だ。

マリアか？リヴァランか？・・・リヴァランだろうなこれは。


小屋を破壊して内部を漁ってもいいが、それをやると後に引き返せなくなる。
少し考えあぐねていると、微弱な妖気が二つ近づいてくるのを感じた。

茂みの奥から二人の妖魔が現れた。

二人とも似たような容姿の・・・これは双子だろうか。
魔術師の出で立ちのロングヘアーの少女と、剣士の出で立ちのショートヘアーの少女だった。




二人はボクの姿に気が付くと恭しく礼をする。

ボクは少し警戒して一歩距離を取る。
ユベールの妖魔とは少し違う、何か異質な空気を纏っていた。

サタナエル粛清の件は伏せておいたんだな。そりゃそうだ。

兵士としてか。エゲついな、現政派ってのは。
そもそも人工で『穢れ』ってどうやって作ってるんだよ・・・。死の際の怨嗟だぞ？
考えたくもない。

協力体制と言った以上、まぁ隠してもしょうがあるまい。

ミストはふむ、と言った感じで小屋を見る。

こうなったらピッキングでもするしかあるまいと考えていたボクはドキリとする。

危なかった。下手したらこの場でリヴァランと斬り合いになってたかもしれない。
正直のところ、イヤリングをつけたままではアイツにはとても勝てる気がしない。

それに、仮に勝てたとしても何の情報を引き出せないままアイツを殺すのは得策じゃない。

ボクはミストとカーラに握手を求める。

ミストは握手を返す。

さっきからずっとダンマリだったカーラも握手を返してくる。

ボクは笑ってカーラとも握手する。

ボクは黙っておこうとも思ったが、共闘宣言をした以上必要な情報は開示していくことにした

ミストの眉がピクリと動く。

・・・ちょっと喋りすぎたかな。サタナエル粛清のことは流石に伏せておきたい。

まさか。そんな小説みたいなこと幾らなんでも。

ミストはそのままメリフリアス水神教とこの付近のことについて教えてくれた。

水神教の聖地であるメリフリアス流域。そして河口にもほど近いこの付近は
古くから資料や遺物の断片が無尽蔵に発掘されてきたらしい。それこそちょっと穴を掘っても遺物が出てくるなんてこともあるそうだ。

ただ、ほとんどの場合そうしたものの資料的価値はゼロで、ひどいと地元の子供が観光客相手に土産物として
露店に並べることも珍しくないらしい。

一瞬ボクの血流が逆流しそうになるほどの興奮と高揚感が全身を駆け巡る。

生き延びられる。

ボクらの中の時間を退行させることでこの短命の宿命にも抗うことが出来るのだ。

ヘリヤの手を両手で握って目を見て語り掛ける

どうにも申し訳なさが先立ってしまうらしい。
とことん気弱な性格なのかもしれない。

ヘリヤに抵抗感のようなものを感じられないからなのか、随分と気楽そうだ。

どうも言葉を濁し気味なのが気になったようだ。

シオンが真顔になった。
この一揆については、少なからず疑問は抱いているらしい。

一方トガノはトガノで、シオンとは別の面を気にしているようだ。

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服装に似合わず、無駄に張り切り始めた。

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ハルはどこか諦めているような、そんな寂しげな声を上げる。

ハルが足を動かすと、それに合わせるように無色の球体達が動き始める。

最後に意味深な言葉を言い残し、ハルはその場をゆっくりと立ち去り始めた。