「ったくあのガキ・・・・・なァにが『りょーかいなのです！』だ、全然近くにいねェじゃねェか！」


イライラとしたししょーのこえがやまにひびきます。
ちょっとさんぽにいってくる、といったはずの猫のすがたがどこにもみあたらないのです。
こうなることをおそれて、とおくにいかないよう、くぎをさしたはずなのですが———


「おォい、どこにいやがるんだ！？そろそろ飯だぞ！」


「早くしねェと俺が全部喰っちまうぞ！」とじょうだんめかしたことばもまじえてししょーがおおごえでよびかけますが——猫はやってくるけはいはありません。


これはいったんひきかえして、セバスチャンといっしょにさがしたほうがいいかもしれない、とししょーがおもいはじめたころ———


「ん？こいつァ・・・・・？」


そこには、猫のしっぽについていたおおぶりのすずがころがっていました。
あかいベルトはちぎれ———べっとりとちがついています。


「！？嘘だろ・・・・・クソッ！！」


猫のみになにかがおこったのはまちがいありません。
ですが——すぐにさがしにいきたいものの、このさきにはなにがまちかまえているのかまったくわからないいじょう、ししょーだけですすんではミイラとりがミイラになってしまうかもしれません。
もしかしたらもうておくれなのかもしれない。そんなふあんををぐっとのみこんで、いそいでセバスチャンをよびにししょーははばたきました。


















ししょーがもちかえったすずをみて、けっそうをかえるセバスチャン。
すぐにすずのあったばしょにむかってはしりだします。
そこからところどころにたれていたちのあとをたどっていき——


「！！　いたぞ、あそこだ！！」


さけぶししょーのすこしさきには、うつぶせにたおれている猫。

そして、さらにそのちかくにはおとこのひとがたおれていました。
どちらもきずだらけで、うごくけはいはありません。

セバスチャンはおとこのひとのかたわらにすわってながめました。


「この男・・・・・まさか・・・・・手配書の人狩りです！！」


「何だとォ！？じゃあ、コイツは——」


「恐らく鉢合わせた坊ちゃんに狙いを定めたのでしょう。坊ちゃんはそれに抵抗して・・・・・双方共に力尽きた、といったところでしょう。」


「そんな悠長な事言ってる場合かよ！！」


ししょーは猫のそばにまいおりました。
猫がたおれているじめんにはおびただしいりょうのちがながれており、そのありさまはとてもひどいものでした。
セバスチャンもすばやくかけより、猫のぐあいをたしかめ——かおをしかめました。


「おい、ソイツは大丈夫なんだろうな！？」


ししょーがもどかしそうにたずねます。
けれども、セバスチャンからかえってきたのは


「分かりません・・・・・血を失いすぎている・・・・・このままでは」


死にます、というつぶやきはししょーがことばをなくすにはじゅうぶんなショックをあたえました。


「ともかく一刻も早く処置が必要です！」


そっと猫をだきかかえるとセバスチャンはたちあがりました。


「おい、コイツはどうすんだ！？」


ししょーはひとかりのおとこをさします。


「今は気を失っているだけのようですが・・・・・また狙われても面倒です。捕縛してルリアンナ嬢に引き渡した方が良いのでしょうが、今は——」


「分かった、それらは俺と他の奴等でやっておく。おめぇはソイツの治療を頼む！」


「えぇ、貴方も気を付けて——」


そういってかけだしていくセバスチャン。
ししょーはそのせなかをみおくりながら、猫のぶじをいのらずにはいられませんでした。

















まちにあるちいさなしんりょうじょ。
そこのベッドに猫はちからなくよこたわっていました。
あのまま猫はいしきをうしなったままです。

かたわらにはルリアンナおねえさんのところからかけつけたししょーがじっとたたずんでいます。

そこへ、とびらをあけてセバスチャンがはいってきました。


「医者は何て？」


ししょーのといかけに——よこにくびをふるセバスチャン。


「恐らく、今夜が峠だと——」


「んだよ、それ・・・・・」


ぼうぜんと、猫のかおをのぞきこみます。


「だってよォ、今朝まであんなピンピンしてたんだゼ？それが、なんで、こんな———」


それからさきはことばにならず、しばらくへやにはしんとしずまりかえりました。
そのしずけさをやぶるかのようにセバスチャンがためいきをつきました。


「今夜は私が坊ちゃんの傍についております。貴方は休んで下さい。」


「——俺も傍にいる。」


「いけません。皆で共倒れしてどうなるというのです？いざという時はお呼び——」


「いざって時なんてねェよ！！」


おもわずししょーがどなりかえします。
しかし、すぐさまはっとしたかおになり、どうにかれいせいになりました。


「・・・・・悪ィ。だがよォ、それじゃあおめぇだってもたねェだろ。だからせめて交代で休もうぜ？コイツがいつ目覚めても良いように。」


それが、ししょーのせいいっぱいのゆずれるラインだったのでしょう。
それがわかったからこそ、セバスチャンもそのていあんをうけいれました。



そうしてだんだんとよるがふかまっていき——



かたわらにねむったままの猫のかおをながめるししょー。
きずがいたむのか、猫のかおはときおりゆがんでめじりになみだがにじみます。

そんな猫のなみだをぬぐってやりながら、ししょーは猫にかたりかけます。


「なァ、目ェ開けろよ・・・・・」


もちろん、猫がめざめるけはいはありません。
それでもかまわずししょーはつづけます。


「またいつもみてェに馬鹿みてェに元気な顔を見せろよ、おィ・・・・・」


「まだまだおめェは甘ちゃんだからな、教えてやらねェといけねェ事が山程あんだよ・・・・・」


「人狩りから逃げきれずに後れを取るようじゃまだまだだ。だからよォ、もっともっと強くなって俺を安心させてくれよ———」


ししょーからつむがれることばにも、やはり猫にはんのうはみられません。
ししょーはてんをあおぎます。


「なァ、神様とやらがいるんだったらコイツを連れて行かねェでくれ——まだこんな小せェガキじゃねェか！
・・・・・いや、この際神だろうが悪魔だろうが何でも良い・・・・・必要だってんなら俺の命を分けてやるからどうかコイツを——」


そこまでつぶやいたとき——猫のかたわらにいつのまにかなにかがいることにきづいて、ししょーはかおをこわばらせました。
それはおおぶりのすずをあかいくびわにつけたよつあしのどうぶつ『猫』そのもののようなすがたをしていました。
その『猫』がはいってきたけはいはなく、いつからいたのかまったくわかりません。

ししょーはその『猫』をにらみつけるとねむる猫をかばうようにたちはだかりました。
『猫』は、なんのかんじょうもうつさないうつろなひとみでししょーをみつめると——とつぜんうごきだし、ししょーにとびかかりました。
ししょーがみがまえると、『猫』はししょーのからだをすりぬけ——そのままきえてしまいました。
それとどうじに、すさまじいけだるさがししょーをおそいます。
まるでいのちをすいとられたかのような——

ししょーがたおれそうになりながらもなんとかこらえていると——猫とめがあいました。
わずかに、しかしいしきがあることがわかるくらいにはひらかれた猫のひとみ。それがはっきりとししょーのすがたをとらえていたのです。

ししょーはそのいみをはじめはりかいできずにぼうっと猫をながめていましたが、しだいにおどろきをあらわにすると、いきつくますらおしいとばかりにすぐにいしゃとセバスチャンをよびにいきました。

















いしゃからとうげをこえたどころかどうしてかすっかりげんきになった、とふしぎがられながらもたいこばんをおされた猫は、つぎのひにはきずもすっかりふさがってもとどおり。
あさにはしんりょうじょをでると、ふたたびいっきのひびがはじまりそうです。

セバスチャンもふしぎがっていましたが、ししょーはあの『猫』のしわざにちがいない、とかくしんしていました。
それをセバスチャンにはなしてみると、やけにその『猫』についてくわしくたずねてきます。
きのうみたとおりにそのままつたえると——セバスチャンのかおがきゅうにけわしくなりました。


「何だよ、あの『猫』がなんか問題あんのか？アイツを助けてくれたんだろ？」


「いえ・・・・そうではなくて、ですね。」


セバスチャンはどういったものかとまよっているようにみえます。
きっと猫にかかわることにちがいないとりかいしたししょーはきょうこそくわしくたずねることにしました。


「いい加減勿体ぶってねェで言えよ。一体なんだってんだ？」


セバスチャンはそれでもまよっていたよでしたが、いよいよけっしんしたかとおもうとゆっくりとかたりはじめました。


「これは私の推測ですが、恐らく坊ちゃんは———」




















きずがいえた猫がかんぜんにもとどおりになったか、といえばそうではありません。


「おぅ、行くぞ？」


『…………。』


ししょーのよびかけにもこたえずぼんやりとしています。
おそわれたときのショックからか、おちこみぎみで、すっかりいつものあかるさはなりをひそめてしまいました。


「おい？」


『！？……ししょー…』


ししょーが猫のかたにとまると、びくっ、とみをこわばらせた猫。
それがししょーだとわかると、めにみえてあんしんしたようです。

どうしてもまわりがてきだらけにおもえていつおそわれるのかおそろしくてしかたがないようです。
これでは、いずれこころがこわれてしまいます。







「・・・・・ありゃあ重症だな。何とかしねェと拙いだろ。」


「そうですね・・・・・でしたら——こういうのは如何でしょうか？」


ししょーとセバスチャンはなにかたのしいことをして猫のこころがはれるようにとひそかにけいかくをたてることにしました。


「アイツ、確か狐の嬢ちゃんと祭りに行くのを楽しみにしてたよなァ。」


「しかし、今の時期に祭りは開催されておりませんよ。」


「だよなァ・・・・・んー・・・・・そういや、誰かとおいかけっこしたかったとか何とか言ってた気が——」


「おいかけっこですか・・・・・幸い体の傷は完全に回復されておられるようですし、体を動かすのは気分転換にも良さそうですね。それでその一緒に追いかけっこしたい方というのは誰です？」


「あー・・・・・鼠だったか？」


「・・・・・はい？鼠、ですか？」


「そう、鼠だ。・・・・・多分普通の鼠じゃねェだろ。大方鼠の獣人族か何かってトコか？」


「鼠の獣人族、ですか。私はあまり見かけたことはないのですが・・・・・ともかくそれらしい人物を探してみましょう。」


「おゥ！」


はたして、ししょーとセバスチャンはさがしていた『ねずみのじゅうじんぞく』こと、スチュアートおにいさんとであったのでした。

ふたりはふかくあたまをさげてたのみこみます。

その様子を見て、メイは首を傾げてみたりして。

時折、周囲の様子を探るメイ。
それから。言い忘れていたことを思い出したようで。

首を振って、かーこの発言をやや強めに否定しておく。
マネしそうな気がしたので。

ひとしきり心の中でかわいいかわいいと連発した後、

体中にウロコを生やした人相の悪い大男は、黒猫に近づき、目線を合わせるように屈んだ。

ひとかりにおいかけられたのをおもいだしたようでみぶるいしました。

いきをきらしながらも、ついにスチュアートおにいさんのしっぽをつかまえました。
そのかおにはやりきったすがすがしさがみられ、くちもとにはえみがうかんでいます。

あらためて、ふたりはおにいさんにふかぶかとあたまをさげました。

すっかりいつもどおりのあかるさをとりもどしたようです。

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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