——　帰還の物語


祝福の歌が聞こえる。
浄化、この暗い世界に罅が入る。

「来るか」

呟いたのは男の剣士。
手には両刃の直剣。
鎖帷子を着込んだその姿はこの場に不釣合いだけども。
その剣筋は力強く、頼もしかった。

「黒の棘蔓か。繋ぎとめようとしているようだ」

襲ってくるのは黒い茨。
金属音とも思える響を立てながら、剣士はそれを切り裂いていく。
もちろんそれは私の方にもくる。
ティターニアを挟むように、剣士、ゴーレム、私で背中を合わせて立っているのだから。

「せいや！」

私も剣を振る。
襲ってきた茨は五つ。
両腕と両足と頭を狙うそれを、下段から切り上げで右足、右腕、頭を狙うものを切り払い、そこからの振り下ろして左腕、左足を狙うものを切り落とす。
横を見れば、ゴーレムはまとわりついてきたのをそのまま強引に引きちぎっているようだ。

歌が響く。
暗い世界が崩れていく。
うごめいていた闇が、崩れるように、光の粒となって昇っていく。
それが怨念で縛られていた魂なのだろうと思う。

「まだ、まだ……！」

歌を後ろに剣を振る。
襲い掛かる茨は絶え間なく。
腕に、足に絡もうとする。
切り払ったとて、かすれば傷になり血が流れる。
この場での血は、つまるところ私の意志を維持する力。
失われれば、私という存在はそこにある闇と一緒になる。

「諦めて、たまるか……」

振り続ける。
諦めようと思ったけど、諦めないと決めたから。

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ！」

この剣との繋がりが今強いのは、私。
この剣を使えるのも私。
そして。
この場で戦う必要があるのは私。
この戦場は私のもので。
この場は私が私を始める場所。
だから、諦められないし諦めたくない。
そのために、全力を搾り出す。
剣を振り上げ、そこに氷を纏わせて長大な氷剣を作り上げる。

「せい、やぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」

裂帛の気合を持って振り下ろす。
直線にある茨を全て薙ぎ払うと同時。

「——　光、あらんことを」

最後の文句が、紡がれた。
途端、全ての闇が崩れ去る。
まるで壁が消えたかのように、現れた景色は。

「あ……」

月の光のさす、平原。

「ふう、これが本当のこの剣の中。……というより私達がいる妖精の世界。元よりその剣は妖精界との鍵っていう役目もあるからね」
「なるほど、これが故郷か」

その草原の間を小さな光が空へと昇る。
やっと、還る事ができたのだとそう思えば嬉しくなって。

「君も、行くんだね」

傍らの戦友……ゴーレムを見る。
ゴーレムの体からも、光が昇っていった。

「ありがとう。一緒に戦ってくれて。ゆっくり、休んでね。また、会えたらその時は、よろしくね」

色々あった。
言いたいことはあった。
だけど過ぎてしまったことだし、最後はこうして戦ってくれた。
それで十分なんじゃないかって、思えた。
変えられない過去を思うよりも、前を見ていたいから。
だから、恨みも怒りも私はいらなかった。

『ごめんなさい。ありがとう』

ゴーレムがそう言った気がして、はっとして顔を上げた。
そこはもう何もなく、光の粒が空に昇って行くだけだった。


------------------------------------------------------------


「私達もお別れだね。ごめん、そして本当にありがとう。この人を、守ってくれて」
「感謝する。こうしてまた、彼女と会えた」

二人は頭を下げたが、私は笑う。

「ううん。私は貰ってばっかりだったから、誰かのために何かができたことが嬉しいんだよ」

自分が貰ったのなら、誰かにそれを与えてあげたい。
そんなことを皆が皆やってくれるなら、この世はきっと面白いことになる。
私を拾った人はそう言って笑ってた。

「私は私のやりたいようにやっただけ。最後の最後に我侭まで叶えてくれたんだから、私のほうこそありがとうだよ」

一つ伸びをする。
ここは居心地が良いけど、そろそろ帰らないと。
そう思って笑う。
『帰る』なんて言葉が出たことに。

「それでもね。……一先ずは、君を返してこの人を定着させないとだね」
「む、このまま天の国に召されるかと思ったが」
「もう二度と離してたまるもんですか」
「安心しろ。そう言ってくれるなら離れる気はない」

「あのお二人とも自分の世界って言うか確かにここ妖精界みたいだけどそういう目のやり場に困るやり取りは後でお願いしたいんだけどー」

帰ったらミルちゃんと葉月お兄さんがやらかしてそうだし。
今からおなかいっぱいはちょっとこまる。

「わ、わかった！　また後でね！　絶対、お礼はするからね！」
「ああ、また会おう」

「うん。また来るよ。今度はいつでも会えるんだから。何も気にせずに」

そうして私は剣を抱いて目を閉じる。
再び開ければ、そこは。

「……帰ってこれたなぁ」

見覚えのある景色に安堵する。
周囲は何事もなかったかのように前と変わらない風景。
血のひとつもない事から、私は誰とも戦っていないのだろうか。
だけど、なんにせよ。

「……ただいま」

今は、帰還の喜びを口にしたかった。


------------------------------------------------------------






蛇足話

〜とある忍者の電子端末〜


忍：例の如く死に掛けてやんすが、皆助かったでやんすよ

リリア：とりあえず場の血の収集は私がやった

アイリス：周囲の環境を戻すのは私ー

蓮：一応の止血は私が

アイリス：というわけで、

三人：今度お土産よろしくね？

忍：……その追加依頼の達成は猶予もらえやんすかね？