周りを見る。
そこは暗かった。

『そっか』

だから終わったのだとわかった。

『あの人は、帰れたかな』

帰りたい、そう願っていた一つの魂。
あの剣に生かされたその時に、剣に囚われていることに気がついた。
自分はもうどうしようもない。
だけど、それならその魂だけでも帰らせてあげたかった。

『でも、大丈夫。銘を削って名前を変えたから、この剣はティターニアの剣じゃなくなった。だから、剣が呪いの対象になることはないから……』

この呪いの所有権は、私にある。

『あとは、私が全部の呪いを、全部の怨念を持って逝く。それで終わり、ハッピーエンド』

人間に恋した妖精と。
妖精を愛した人間の。
二人の悲恋は、それで終わり。

『よかった、ここまでこれて』

つぶやけば、周囲の光景がいくつかの光で満ちた。
淡い、まるで蝋燭で照らされたような暖かな色の光。
捨てられた私を拾ってくれた、領主様。
そして私が仕えることになった優しく勇敢なお嬢様。
まるで、いや。
友達として、一緒にすごすことが出来て。
領主様も自分の娘のように良くしてくれて。
家名がなかった私に、家名をあげるためだけのために、養子として引き取ってくれることまで決意してくれて。
同僚も皆良い人ばかりで。
光に映っていたのは、そんな光景。

お嬢様が野党に教われそうだったから囮になって、殺されて。
それらと離れ離れになっちゃったけど。
それでも、大事だったって、そう言えるもの。

『見送りには、上等だね』

暖かい光の中、闇の方へと向かう。
今まで与えられてきた私だから、最期には誰かに何かをあげられたらと夢見てた。

『ああ、本当によかった』

だから『私』がまた暴れる前に。
皆を傷つける、その前に。
終わらせよう。

『さあ、行こうか皆』

深い闇へと声をかける。
蠢いたようにも思えるし、呻いた様にも思える。

『一緒に眠ろう？　苦しいのも、何もかも、一緒に分け合おう？　私も、一緒だから』

聞こえなくても、いい。

『だけど、皆同じなんだよ。だから、呪うのも奪うのも、私で最後。最後に、しよう？　だって、ずっと呪うしかないなんて、悲しすぎるよ』

ただ、これは自分の決意だったから。

『皆も、また、知ってる人の所に還ろう？　ただいまって、言おう？　大丈夫。呪いなら、嘆きなら、私が全部、もって行くから』

『ごめんね』

自分の声が、自分の声じゃないところから聞こえて振り返る。
そこには黒い影が、私の姿をして立っていた。
直感で、剣が封じた自分の部分だとわかった。

『ごめんね、なにもできなかった』

幼いような、そんな声に苦笑を、確かにした。

『ううん。私こそ、もっとうまくできればよかったんだけど、あは、色々と流されちゃった』
『いいの？』

何が、とは聞かなかった。

『うん。少しの間だけど、楽しかったから』
『でも、わたしはよくないっていうよ』
『……』

沈黙、でも言葉は止まらない。

『ほんとうはいっしょにいたかった』
『もっといっしょにぼうけんしたかった』
『ごはんをつくってもらってうれしかったから、こんどつくってあげたかった』
『おもしろいはなしをしてくれたから、おかえしのおはなしをしたかった』
『かわいいはねをもつこに、にあうふくをさがしたかった』
『はなしかけてくれたこたちと、またあいたかった』

『そうだね、うん。そうだよ……』
『もっと一緒に居たかった』
『もっと色んなところに行きたかった』
『もっと話をしたかった』
『でも、諦めたくないけど、そうするしかないんだよ』

『あきらめなくていいよ』
『え？』

『ねえ、私。私はそんなに諦めもよくないし、利巧でもないんだ』
『……』

自分に言われた。
ならそうなんだろうと思う。

『ほうら、君の諦めの悪さが役者を呼んだ』
『諦めてしかいないのに……』
『君は、あの人の魂を救うことを諦めなかったんだ。だから、彼らはここにいるんだ』

影の視線の方を見る。
そこには、確かに記憶にある姿が二つ。
この剣を鍛えた妖精
そして、その妖精と恋仲にあった一人の剣士……この剣に封じられていた、魂。

『なんで、ここに。それに、戻ってきちゃ……！』

「ここで女子を見捨てては惚れた女に顔向けができん」
「恋人守ってくれた人を救わなくて何が妖精の女王の二代目ですかって」

『なんで……』

「生憎と、恩を知る生き物なのでな」
「右に同じく」
「さて、呪いは相当に弱まったか」
「そうだね。なら後は、怨霊を正しい流れに返してあげないと。でも、負の感情が強いから浄化しないといけないし、浄化しようとすれば襲いかかってくるかな」
「何、露払いなら、任せろ」

話が進んでいく、呆然としていたのか、影の私が笑っている。

『ねえ、こんなこと言ってるから。聞くよ。他の人がどうとか、そんなことは考えなくて』
『君はどうしたい？』

そういわれたら、素直に、声が出た。
頭に浮かぶのは、みんなの顔で。

「帰り、たいよ……」

『なら決まりだよ。私も一緒に行くから、だからもう少し、信じてよ』

影が解けて消えた。
変わりにあったのは突き立った剣。
名前を隠された、その剣の名前は。

「Bless of Titania……」

一度、鼓動を打つように光が強くなった気がする。
誘われるように手に握れば、それは馴染むようで。
そして歩もうとしていた闇から、丸い何かが生まれ出た。
それは、ごつごつした体躯を持つ一つのゴーレムとなって、まるで共に戦おうとでも言うように隣に並んできた。

「え……」
「届いたんじゃない？　君の声が。それに、怨むのも、疲れたんだよ」

ティターニアが声をかける。
さっきまで、諦めていた自分が嘘のように。
ただ、生きたいと、願うようになっていた。

「さぁはじめるよ。これからこの剣を内側から極大出力で浄化をするよ。何十年もの負の感情、相当辛いし、浄化の最中に絶対攻撃してくるけれど絶対にここで、死なないように」
「うん、うん……！」

覚悟していたのに、怖い。
だけど。それでも。
諦めていたものが、手を伸ばせば届く距離に見えたから。
最期まで、手を伸ばしてみようと、そう思った。

少女の形を象った黒い影が現れた