先ほどまでしんしんと降っていた雪は、男を歓迎するように、目的の場所にたどり着く頃にはすっかり止んでいた。
まさか二度もこの道を歩くことになろうとは、数年前の自分には想像もつかなかっただろう。
あの日彼女と出会ったのも、この道だった。

寒さのせいではない。
懐かしさと、不安で、体が強張るのがわかった。

「……………」

やっぱり引き返そうか。

長い長い時間をかけてようやく決意をしたのに、今になって足が竦む。
会った所で、なんと言えばいいのか。
今更会って、どうしようというのか。

金色の瞳が、木陰からそっと、屋敷を見つめる。
「……はあ…」
重いため息が、白い煙になって唇から漏れる。
霜を携えた髪の毛と睫毛を震わせて、うな垂れたその矢先。

「かあさん！」
「はーい。今行きますよ」

忘れるはずがない。
聞き慣れた、優しい声。

「あんまり走ると怪我しますよ」
「平気だよ！………？」
子供の声がぴたりと止んで、金色の瞳が、こちらを向く。
———男と同じ、金色の、瞳が。

「……おい誰だ！」
攻撃的だが、どこか不安げな声で少年が叫ぶ。
その小さな背に、母親を匿って。
「……あの、どなたですか？」

その声に引っ張られるように、男は木の陰からそっとその姿を現した。
ボロ布で深く体と顔を纏った、長身の男の姿に、少年がわずかに息を呑むのが聞こえた。
「…………」
さく、と。
雪を踏みしめる音がひとつ。またひとつ。
「ちょ、かあさん！」
「大丈夫よ」
慌てて引き止めようとする少年をなだめる様に、母親は穏やかな声と表情を向けた。

その白く小さな手が、顔を隠す布をそっと取り払う。
そこに現れた男の表情は、今にも泣きそうな、不安げな表情を浮かべて、女を見下ろしていた。
「お久しぶり、ですね。アールさん」
「……チセ」
「髪伸びましたね。背もずっと高くなって。でも、全然変わってない」
そのまま、滑らかな手のひらが、アールの頬を撫でる。
「どうして、ここへ？」
「………」
ふっと口元に笑みを浮かべて、首を傾げてみせる。
下ろしてある長く柔らかい髪が、羽毛のようにふわりと揺れた。

「何があっても…チセのところに帰ってくるって。約束したろ」
「随分、時間がかかりましたね」
「…悪い…」
「ううん、いいんです。アールさんは、約束を守ってくれる人だって、知っていましたから」

ささくれて霜焼けた手を握り締めるチセの手に、一層力が入る。
「家族になるって約束も」

その指に、未だ輝きを失っていない指輪が、小さく反射した。



「おかえりなさい」



ずっと、聞きたかった。言葉。


「………ただいま」

少女はソワソワしている。