扉の向こうから聞こえる、チセの遠慮がちな声にピクリと体が反応する。
ドアが開く。それから、床の軋む音。チセの気配と匂いが近づいて、思わず身を固くする。
黙り込んだまま、振り向くこともできない。

何かを押しとどめるように、ただぐっと、唇と拳を固く結んで。

「………」


大人になったふりしてるんじゃねーよ！
お前はヘタレだ！弱虫だ！根性なしだ！！
チセに拒絶されるのが怖いだけだろ！


いつかのサラミスの怒号が、すぐ傍で聞こえるようだった。
そうだ。

結局、自分はチセに甘えてばかりだったのだ。
それこそ、雛が初めて目にしたものを親だと思うように。
初めて外の世界で出会った彼女の傍にいて、安心していたかった。


結局成人の儀をしても。
レゥカルを授かっても。

少しも大人になんかなれちゃいなかった。


自分は。
一人で飛ぶこともできない。ひ弱な雛だ。



「すみません、私…」
その言葉に、全身が熱くなるのを感じた。

「やめろ！！」

視界と意識がはっきりしてから、自分がチセの肩を強く掴んでることに気付いた。
しかし力を緩めることはできない。むしろ華奢な肩を掴むその力は強くなる一方だった。

「やめてくれ……謝るなよ。謝らないでくれよ！
俺がッ、俺が勝手についてきて勝手に怪我して勝手にやったことなんだ！チセが謝る必要なんてないんだよッ！」

キィンと耳鳴りがする。呼吸もままならないまま、ただ息の続く限り声を荒げた。

「……チセは悪くない！悪く、ない…お願いだから…自分を責めないでくれ…」

それじゃあまるで、今まで自分がチセにしてきたことが、全て否定されるような気がして。
自分が、チセを思ってやったことが、自分の思いが、過ごしてきた時間が。全部無駄だったと。
余計なことだったと、言われているような気がして。



「謝ったり、しないでくれよ…」
いつの間にか、掴んだ肩を引き寄せて、チセを力任せに抱きしめていた。

ほんとうは。

本当はまだこのまま、旅をしていたい。
故郷に帰ってほしくなんかない。
家族よりも、自分の傍にいてほしい。

だから、サラミスの気持ちだって、ずっとずっと、痛いくらいわかっていた。

それでも思いを殺したのは、やっぱり、チセに拒絶されたくなかったからだ。
無理矢理旅を続けようと言って、自分より故郷や家族の方が大事だと、面と向かって言葉にされるのが怖かったからだ。

「俺はお前と旅ができて、一緒にいられて、本当に楽しかったんだ。嬉しかったんだよ。
だから、そんな風に言わないでくれ。チセ。この傷だって、俺にとっては、大事な思い出なんだよ…」

少女はソワソワしている。