壁の灯りも、自分たちが持っていたランタンも、全ての照明が消えた地下牢の最奥。
メアリーが放つ魔法が強烈な光を発する瞬間を除けば、暗闇が支配する中での戦いとなった。
もっとも、少ない光量でも視界の利く自分やメアリーにとって、灯りがないことはさして問題ではない。
種族としては暗視の能力を持たないはずであるが、人間もいつも通りに剣を振るえているようだ。

煉獄から地獄の門を開けて生者の世界へ出て、地下牢の奥に棲む、不死者たちを統べる魔物。
不死の王は、自らの前に生ける死体−−リッチたちを並べ、こちらの刃が届かないところから遠距離魔法による攻撃を加えてきた。

−−高みの見物というわけ。どこまでも卑怯な。
小さく舌打ちする。

リッチ自体は数が多いだけで、大した脅威ではない。
風の精霊イリスが起こした一陣のつむじ風と、月光の精の力を借りたメアリーの魔法で、ほとんどをなぎ倒すことができた。
しかし、不死の王は絶え間なく新たなリッチを召喚し、間合いを決して詰めさせようとしない。
煉獄から連れてくるのか、それともこの地下牢で命を落とした罪人や不幸な冒険者たちを次々に配下に加えているのか。
いずれにせよ、不死の王に一撃を加えるためには、自ら敵陣に斬り込んで、多少の傷を受けることは覚悟で相手に近づいていくしかなかった。

−−大丈夫、これなら行けるわ。
不死の王が放った魔法を斧の刃で受け流し、勝利への自信が湧く。

いかに不死の王といえども、地獄の門のこちら側、生と光に満ちた世界ではその力に制約を受けるのだろう。
数ヶ月前ならいざ知らず、それなりに力を付けた今の自分たちは、不死の王が放つ魔法にも十分に耐えることができた。
リッチたちに阻まれながらも、幾度かこちらの攻撃が届き、髑髏のような口から漏れる呻き声に、苦悶の響きが混じり出す。
とりわけ、光の精霊の力を借りたメアリーの魔法は、闇を極める存在にとっては大きな苦痛を与えるようだ。

メアリーの魔法の連撃に、凍気を帯びた斧の一撃を畳みかける。
最後に残ったリッチが動きを止めてただの死体に返り、不死の王も玄室の床に膝を付く。
存外にあっけなく、勝負はついた。
あとは、アンデッドどもが二度とこちら側に彷徨い出ないよう、不死の王を地獄の門ごと粉砕するのみ。
存在自体を消滅させることは聖職者以外には難しかろうが、こちらの世界に具現化している体を粉砕すれば、煉獄へ送り返すことはできるはずだ。

とどめを刺そうと、勢いよく斧を振り上げたそのとき。自分と不死の王との間に人間が割り込んだ。
不死の王の空洞の体に長剣を突き立て、動きを止めた死体たちの転がる床に縫い止める。

「危ないじゃないの」
とどめ役を奪われ、行き場を無くした斧をそろそろと下ろす。−−が、数瞬後に、様子がおかしいことに気付いた。
人間は、剣を不死の王に突き刺したまま、それ以上何をするでもなく、不死の王を黙って見下ろしている。
いや、単に見下ろしているだけなのか？こちらには背が向けられており、その表情を見ることができない。

「人間…お前、よからぬことを考えてないでしょうね？」
嫌な予感がし、声をかける。

不死の王の輪郭が薄れ、口から漏れる怨嗟の声も薄くなってゆく。
はっとして、慌てて斧を握り直し、不死の王の頭部をめがけて振り下ろす。
が、一瞬遅く、不死の王の姿は暗い闇の中に掻き消え、床に当たった斧が冷たい音を玄室の中に響かせた。

「悪ィな、嬢ちゃん。オレはマダマダくたばるつもりはねェんでな」
人間が、肩越しに顔だけこちらに振り返る。口の端を釣り上げ、顔だけで笑って見せた。



まさか、アレと契約をしようとする者が身近にいるなどと思っていなかったから。
戦いの間ずっと、激情に支配されており、仲間の挙動を冷静に見る余裕がなかったから。
そうでなければ、きっともっと早くに気付いて、不幸へと続く断崖絶壁を転がり落ちるような真似は止めていたのに。