城の二階廊下から地下牢へ降りて二日。最奥へと進むにつれ、廊下を進む足元を漂う霧が濃くなってゆく。
霧が濃くなるにつれ、その中に混じる暗鬱とした臭いも強くなる。
死臭、腐臭、霊気、そして闇の魔法が発する波動といったものが混じり合っているのだろう。
エルフの鼻はそういった闇の臭いに敏感で、幾度も顔を歪ませながら歩みを進める。

最初は、人間との話の流れから、物見遊山のような気持ちで地下牢に戻った。
「アンデッドどもの方が自分よりマシ」だなどと、ふざけたことを言う人間を嗜めるつもりもあった。
だが今は、むしろ自分の方が積極的に最奥を目指しているかもしれない。
この先に潜む不死の王−−文字通り、自らも不死であり、不死者らを従える魔物−−に、やり場のない怒りと悲しみをぶつけるために。



仲間の目を盗み、声を潜めて夜な夜な泣いて、泣き疲れると、悲しみの陰から怒りが湧いてきた。
老貴婦人が消えた原因を考え、その原因に怒りをぶつけずにはいられなくなった。

風の精のイリスが運んできた情報によれば、シドニー・ロル女史の精霊力が消え失せた後も、
老貴婦人と同一の姿形をした者が一揆に参加し続けているらしい。
何者かが彼女の姿を模して周囲の目を欺いているのだろうか？
彼女の仲間たちは一級の冒険者たちだ。その者たちを騙し通すとは、並大抵の魔力ではない。
あるいは、既に仲間たちも気付き始めているのかもしれないが…

なぜ、老貴婦人が消えたのか。なぜ、何者かが老貴婦人の消滅を隠そうとしているのか。
理由も、その者の正体も、これだけ遠くからでは推測しようもない。
ただ、その者が老貴婦人の消滅に関わっていることは間違いない。
そして−−これは直感に過ぎないが−−全てに不死の王が関わっているに違いない。

老貴婦人が用いる魔法は、エンブリオに死んだ人狼たちの魂を呼び寄せるというものだった。
地獄の門を開けてこの世に現れる不死の王に、彼女が誰の魂を映したのか、
その能力を使って何を成し遂げようとしたのか、自分は知らない。
だが、不死の王を従えることが、そしてその「地獄の門を開ける」能力を手にすることが、
彼女に力を与えるだけでなく、負の影響を及ぼしたに違いないことは容易に推測できた。

もちろん、自分の推測はすべて間違っているかもしれない。とんだ当てずっぽうだということもあろう。
おまけに、彼女がエンブリオとして契約を締結した不死の王は、今も彼女の姿をした何者かと共にある。
今、自分たちが向かう先にいるのは別の個体だ。自分の感情は逆恨みに近い。
それでも、不死の王に斧の一撃でも喰らわせなければ、夜毎に溢れる涙を断ち切ることはできそうになかった。



通路に漂う霧がひときわ濃くなり、同時に周囲の明かりが一斉に消えた。
「オデマシだぜ」
一歩先を歩いていた人間が言う。声をかけられるまでもない。
前方から強力な闇の魔法の気配がプレッシャーとなって吹き付け、全身の皮膚が泡立つ。

闇の中からぼんやりと、不気味な影が浮かび上がる。
不死の王だ。その後ろには、亡者どもの群れを引き連れている。

「……気を付けろ。アイツは……ちッとキビシいぜ……」
人間が腰をかがめ、足元のダガーの鞘に手を伸ばす。
「おお…、只者じゃない雰囲気だねー。きっとすごい設定背負ってるよー」
メアリーはいつも通りだ。その緊張感に欠けた声に、自分の頬の強張りが少し緩むのを感じた。

「こいつの仲間がシドニーさんを…絶対に許さないんだから…」
泣き過ぎて痛む目を精一杯見開いて、眼前に立ちふさがる魔物を睨みつける。
自分にとっては、老貴婦人への弔い戦だ。斧を握る手に力がこもった。

いつも以上に厳しい表情で何か考え込んでいるようだ。