————カチャカチャ




今夜のお宿の部屋の中。
ごちゃついた木製の机の隅から
ランタンの暖かな明かりが僕の手元を照らしてる。


マハちゃんに怒られるのはいつものことだけど
あんな表情を見たのは初めてだった。




”お前の親兄弟かも知れない肉を、一時的とはいえ行動を共にしている者に差し出すのか”


わかっていたつもりでも、不意に気付かされる種族間の違い。
きっと、それが日常ではないんだ。


”死んだなら仕方ない、だから別の者の血となり肉となるのが良いことだとでも”


僕の生まれ育った里では、まさにその通りだった。
いとも容易く簡単に狩られてしまう仲間たち。

ラプトの住人を里で見かけなくなる一番の理由は行方不明で
畑に出たっきり帰ってこない。
昨日までいたのに今日はどこにもいない。

狩られて食べられたのか。
それとも毛皮だけ持ってかれたのか。

消えた仲間がどこでどうなっているのか、わからないんだ。


でもみんな慣れっこだから、無事を祈ることは少ない。
きっともう帰ってこないんだろうと思ってる。
もし数日経って戻ってきたなら、とんでもない幸運の持ち主としてお祭りの主役になれるくらい。

けれど、いなくなってしまったら
しんでしまったら知らんぷりじゃないんだ。

その仲間がお肉として誰かの命に受け継がれること
毛皮としてでも誰かに必要とされてることを、心から願っている。

どうか誰の手も届かない場所で朽ちていたりしませんように。
別の存在として生まれ変わり、いつでも誰かと共に在りますように。

ひとりぼっちになっていませんように。




————カチャカチャ




あのシチュー、他の誰かが食べてくれたかな。

また怒られちゃうから声に出しては言えないけれど、
マハちゃんみたいな人が食べてくれてたらいいな。
きっと命を大事にしてくれるから。


そして、もしも僕がしんじゃったら
その時は、やっぱり




————カチャカチャ…パチン！




「…でーきたっ！」


机に向かってちまちま作っていたのは首飾り。
隣に座ってお絵かきしていたブチが僕の声に顔を上げる。


「これ、マハちゃんにあげるんだ。さっきはごめんねって」


装飾用に丸く加工されたころんころんの木の素材。
それに海の色を塗り、それより更に小さな水色の丸石と交互にして革紐に通した。
その中央には海で拾った巻き貝を金具で取り付けてある。
魔法のホラ貝はあんなに大きかったのに、この巻き貝は僕の親指くらい。
虹色に輝いていて、とっても綺麗なんだ。

金具や小物は元々持っていたものだけど、
革紐はお店で買ってきたもの。

初めて聞いた名前の、知らない動物の革だった。
お店の人が言うには草食獣なんだって。


「マハちゃん気に入ってくれるかなぁ」

ブチは小さな手でちょいちょいと巻き貝を触ってる。


「気に入ってくれたら、きっと傍に置いてもらえるよね」

首飾りになった革の紐を指でなぞると、ブチがそっと手を引いた。



「さあ、今すぐ渡しに行こう！いつも早くに寝ちゃうから急がなくちゃ！」

椅子から立ち上がり、もふっと気合を入れる。



「ラプト族の格言そのいち！」



『我らに明日はない！！』



部屋を出て１階へ続く階段を駆け下り、
ロビーからそのままお宿の外へ。
マハちゃんカネちゃんはこの近くで野営してるんだ。


「ねぇブチ」
「マハちゃんは僕が思っていたよりもずっと
　本当はもっともっと、優しい子なんだね」

一緒に駈けてきたブチは白黒の耳をこちらに向けながら
いつものように頷いた。




早く行かなくちゃ。
マハちゃんごめんねって。
悲しい気持ちにさせて、ごめんなさいって。

ちゃんと伝えられる内に。

ブチを片手でひょい、と持ち上げた。

尚も男は貴方のピクピク動く耳に興味津々の様子。
そしてもう片割れの兎にも。

似ているな、と呟きながら男は貴方達を眺めている。