「やはり垣間見ただけでは満足できないな…。
私は全てを観察し、そして知りたい」

「——……」

鍔迫り合っていたゲオルギウスとディアリアドが武器を下ろす。

「私じゃ、なにも変えられない……」

矢を撃ち尽くし、ユパックが弓の弦に空の手を添える。

「——なんとか、封印せずに済む方法は————
　……トウカを見ていたら、そんなこと、できないわ」

メィレーもまた、冬花の様子に術式を解除せざるをえないようだった。

「どうして俺は、生きているんだ……？」

杖を硬く握り締めたまま震えていたクローシェが、魔異の様子にはっと振り返る。

「……はははっ、そうか」
「……君も、『琴線』だったんだ。『そうなる』のも、当然の話か」
「……『動けなくなるまで』、だったっけ」
「……そうだね……確かに、僕は……もう、動けそうにないや」

そうして最後に、ソルトも漸くあらゆる所作を止め、猛威を振るっていた呪いは嘘のように静けさを取り戻した。


静寂の中、冬花が少年へ手を伸ばす。

「──……せんぱい。」

頬に、瞳に。

「……先輩。私は、」


指先が触れようとした、刹那。
再び少年の右瞳が菫色に染まる。
それは呪い。
何にも覆い隠されてはいない、負の塊。


「……私は、あなたに謝りたいことが、ある」
少女は、手を止めなかった。その瞳が、菫の色に染まろうとも。
彼の力の真実を見つめるように。受け入れんとするように。
混じりけのない冬青の瞳を、逸らさずに。


指先が何かに弾かれる。
不可視の結界。少年の傍らに在る異形の操る、拒絶の力。
「謝らなくていい。もう、俺のことは忘れてくれ」

瞳から、黒風が吹き荒れる。

「——お前たちにさえ、出来ないと言うのなら……せめて」

それは少年を包み込むと、一瞬のうちに彼の姿を消し去って。
そうして再び、彼の意識は深淵に墜ちた。








知ってたよ。
あなたはいつも私のことをMaiって呼んでくれてた。


本当の真依はもういないんだって、私は代替品なんだって、多分心の底では気付いていたんだろうね。


だから私は嬉しかったんだ。


あなたが視ていてくれたのは、真依ではなくMaiだったから。


私はあなたの嘘から生まれたけれど、
私があなたと生きた人生は確かに本当だったんだよ。



だから、私にあなたを守らせて。


あなたを傷つけようとする人から、私があなたを守ってあげるから。



あなたはもう誰も守らなくていいの。


あなたが守らなきゃいけないものなんて必要無い。


眠っている間に、私が全部なくしておくからね。



だから、私に全部任せて。

軽く謝って、話題を切り替えるように手を振った。
なるべく気にしないように、そんな風にも見える。

暴風が駆け抜ける。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/81128318/koe/27_mai.mp3

引き止める為に、ようやく見えたその背に向かって、名前を呼ぶ。
それで彼が振り向いてくれるか分からなかったから。駆け寄る足も止めぬままに、肺の空気を、言葉にして。

知らない声。でも、その正体を自分は知っている。

彼が呼んでいたその名前を、呼ぶ。