「———それで、その怪物はどうなったのー？」

「うん？……うーん、どうなったんだろうねぇ……？」

とある森の洋館の一室、天蓋付きのベッドに横になった黒髪の少女が、
蒼い瞳をキラキラとさせながら物語の続きをせがみます。

「いや、物語はここでおしまいなんだ、ごめんね。」

抗議の声を上げる少女の黒髪を撫でながら宥めつつも男は、嫌に中途半端な絵本だなあと漏らします。
不満げな彼女の顔を見て苦笑いしつつも、ふぅっと一息吐き、

「……じゃあ、こんなお話はどうだろう？」

そう前置きして、その物語の続きを語り始めます。



幸せそうな、在りし日の影を。
繰り返される、幻想の日々を。



　+ + +



とある洋館の一室。
誰も居ない天蓋付きのベッド、誰も居ない部屋。
部屋に置かれた古い調度品は、とても手の込んだ造りをしていましたが、
床に厚く積もった埃が、人の暮らしが絶えてから、そう短くない年月が流れていることを物語ります。

そして、きしりと床が軋む音を立てたかと思うと、誰も居ない部屋の窓辺に、白い少女が佇んでいるのでした。







白い少女は、面白くもつまらなくとなさそうな顔で部屋を見渡すと、
コツコツと足音を立てながら本棚の前までやってきます。
棚に収められた本の背表紙を見ているようですが、とある絵本が目についた途端、
ビスクの人形のような彼女の顔が、動揺にひどく瞳を揺らします。
そして、震える手をその絵本へと伸ばし、震える指でその頁を捲ろうとして、

バサッ、バサリ。

長い年月の間に劣化し、腐食した絵本は、バラバラになって床へと散らばります。
黴に侵された頁の内容は、どうあがいても読めそうにはありません。
絵本だったものを見下ろす彼女の表情は、さっきまでの無表情へと戻っていましたが、
その顔は、どこかひどく悲しげに見えるのでした。


　+ + +


足跡一つない誰も居ない部屋、その本棚の前に、古い絵本の残骸が落ちていました。

その背表紙に描かれていた、その本の題名は—————

クレー1人で右手と左手を組んで、パタンと倒す動作で説明します。右手の勝ち。

やる気まんまんのようです。

普段のお小言めいた声をしばらく聴いていないことに、ちょっぴり寂しくなってきたようですが、
二人旅のなかで、こんな機会はそうそうあるものではありません。

とりあえず、昔、兎から聞きかじった〝アルビノ〟の説明をしてみせます。

そう言って、メグは両手の手のひらを上に向け、ちょうど下から水を掬うような感じに広げます。

手のひらが ぼぅっ と淡く光ると、メグの手のひらの上には空色を身に纏った精霊がちょこんと座っていました。

召喚された空の精霊は、契約主たるメグの意図をすぐさま察したのか、にぱっ と笑って飛び出します。

そして精霊の小さな手が、空を塗り替えるかのように右手を大きく振りました。

すると、空はますます青色に満ち、アイリスの花色が、鮮やかな青紫が、天を覆います。

青紫の向こう側で、昼間でもわかるくらい光輝く満天の星々が、紅に、橙に、碧に、蒼に、それぞれ色とりどりに煌めいています。

そして、空の精霊が掲げた右手を ぱっ と握りしめると、
青空に浮かぶ虹色の光が、七色の宇宙が、精霊の小さな手から降り注ぎました。