◇ Intermission　→side:B



「いたたた……、もう少し優しく！」

騎士団詰所、その医務室。
あちこちに擦り傷を作った白いフードの少女の傷口を、隻眼の少女が薬を染み込ませた脱脂綿で拭っています。

「すみません、治療行為には慣れていませんので。」

「……それにしても、あの女。
　ただの変質者じゃないかもよ？
　……あの動き、明らかに戦闘訓練を受けている。
　それも、特別な暗殺術か何か。」

「騎士は暗殺術は使いませんし、兵隊上がりということでしょうか。」

「さあ、そこまでは。
　……でもあの動き、なんか知ってるんだよねー……。」


　+ + +


街燈もまばらな暗い通りで、二人の女性が話をしています。
一人は白いフードを目深に被り、表情を隠した少女。
もう一人は、黒い服に白い眼帯の女。

「こんばんは、お嬢さん。
　こんな暗い中、一人で歩いていては、危ないですよ……？」

「す、すみません……。
　教会で、明日のミサの準備を手伝っていて、孤児院の宿舎に帰る途中で……。」

「ですが、こっちは孤児院とは逆方向ですよ？」

そう指摘されると、白いフードの少女は、なにやらばつが悪そうにもじもじとしていますが、
彼女の手の中に古びた銅貨が一枚握られていたことで、眼帯の女は何かを察したらしく、

「そこのベンチでお話でもしましょう？」

そう言って、、灯りの付いた街燈の下のベンチへと少女を招きます。
手提げ籠から、小さな包みを取り出して見せると、少女は喜んでそれに従います。



「……それで、お手伝い賃に銅貨をもらったので、帰りに何か買って食べようかなあって……。」

「ああいう場所だと、買い食いなんて禁止ですものね。
　それでわざわざこんな暗い道まで通ったりして……。」

「ご、ごめんなさい……。」

「別に、怒ってないですよ。
　私はあなたの保護者ではありませんし、それに。
　……私もああいうところで暮らしていたことがありますので、あなたの気持ちも少しは分かるつもりです。
　お菓子とか、少ないですものね。」

「じゃあ、お姉さんも？」

「ええ、私の場合は孤児院ではありませんでしたけど。
　ああいう場所はやたらと規律も厳しいですし、たまにはこんな日もあったっていいでしょう。
　……けれど、他の人には内緒ですよ。」

少女の膝で広げられた包みには、クッキーが入っています。

「持って帰るわけにもいかないでしょうし、どうぞお上がりになってください。」

少女は手袋をはめた左手でクッキーを口元まで運びますが、口を付けることはせず、少し離した位置から匂いを嗅ぎます。


「……ヴィロサキシン系の神経毒か。
　生け捕りにするつもりなら、少し毒性が強すぎるんじゃない？」

「……何のことかしら？」

さも不思議といった様子で、眼帯の女はとぼけてみせますが、
手提げ籠に手を触れた瞬間に、その手に目掛けて鋭い蹴りが飛んできます。
眼帯の女の手から弾き飛ばされた何かは、二人から離れたところで、カランと音を立てながら石畳を転がります。

「……あなた、あの孤児院の子じゃないでしょ。
　嘘を吐くだないて、ひどい子ですね。」

「嘘吐きはお互い様ってことで。」

「騎士団の人……じゃないよね。 あなたは誰？」

「そんな質問に答えると思う？」

「……それにしても、危ないですね。
　それは女の子の玩具じゃありませんよ？」

眼帯の女はやや呆れた様子で、彼女の頭へぴたりと向けられているそれを見ながら言います。

「36口径のリボルバーですか、さすがに撃たれたら死んでしまいますね。」

「でしょうねー。」

「それはちょっと困ります……ねッ！」

眼帯の女の突然の反撃。
さっきの仕返しと言わんばかりの強烈な蹴りが少女の手の銃を弾き飛ばし、
不意打ちを食らった彼女の隙を突いて、身を翻したかと思うと、
石畳の上を転がっていた何か———手のひら程の刃渡りのダガーを拾うと、振り向きざまに投擲してきます。
咄嗟に左腕でそれを防ぎ、鈍い金属音を立ててダガーの刃を弾きながら、女の追撃に備えて身構えますが、

「あ！ちょっと、こら！」

眼帯の女は追撃を仕掛けることなく、夜の帳の中へとすたこらと逃げていくのでした。
弾かれたリボルバーが、地面に落ちるのとほぼ同時に拾い上げ、逃げていく背中へと数発、立て続けに速射しますが、
銃声だけが、虚しく夜の街に響き渡るのでした。


　+ + +


「どうも動きが素人臭いから油断していたけれど、あのダガーは確実に私の心臓を狙ってた。
　少しでも反応が遅れてたら即死だった、あれは相当の手練れだと思う。」

「負っけ惜っしみー？」

「……うるさい、ばか。」

少しからかうつもりが、本気でいじけてしまったので、隻眼の少女はそれ以上何も言いませんでした。



「……一発くらい、当たったと思ったんだけどなー……。」

荷物から分厚い辞書を取り出して、パラパラと慣れた手つきでめくります。

どこからともなく声が聞こえたかと思うと、エシャロットの背後が光り輝いて、背は低いものの豊満な肉体を持ったけもみみ天使が現れるのである。

エシャロットがダメージを受けないのはギャグ漫画補正だと思ったがそんな秘密があったらしい。

そう言うと、メグは恥ずかしそうに頬を赤らめます。

そう言うと、メグがちょっと悪戯っぽく笑いました。