ぽつぽつとガラス窓を雨が叩き、くぐもった音を立てる。簡素な木の椅子に背を預け、私、アイシア・クラッドはそれをぼーっと眺めていた。
　いくつも並んだ灰色の研究棟。窓越しに見る風景は、やはり素っ気無くて、私のいるこの場所もその１つだった。

「家族の夢にしたいんだ」
　レイズがクイントの起動実験に志願したとき、私はそれを１度だけ、それも体裁を繕う程度にしか、ダメと言えなかった。
　だってあの言葉は、家族として何も持たせてあげられなかった、という事ではなかっただろうか。たいして家にも帰らない、だからといって連絡もさして入れるわけでもない。
　私は自分の子供に対して、今まで何をしてあげられただろうか。きっと何もなかった。
　家族としては、ほとんどからっぽだった。

　時空間転移の実験。時間移動はまだまだ論理も何も完成に至れそうもなくて、クイントでは瞬間移動しかできない。
　当然、動物を使っての実験は何度もやった。
　それでも人間を使っての実験ははじめてだったし、命の危険はあった。最悪、転移の際に肉体が分解する恐れもあった。本当に消滅する危険性だってあったのに、私はレイズの願いを聞き入れるべきだと思った。
　母親として出来ることは、お腹を痛めて産んだ子供を、死の危険に放り込む事だった。それが、家族としての絆を得るという事だと思った。
　自分でもはっきりと分かるくらい歪んでいた。

「どうしてるかしら」
　気付けば、ぽつり、と呟いていた。
　クイントは予定の場所に転移してはいなかった。
　レイズはそもそも生きているのか。生きているとして、どこにいるのか。大掛かりな捜索を、何日も何日もしたけれど、見つからなくて。仮に地球の裏側にでもいってしまったなら、それは捜索範囲から大きく外れてしまっているし、こういう事は言いたくないけれど、どうしようもない。探しようがないなんてことはきっとないけれど、途方がなさ過ぎた。


　地球の自浄作用などはとうの昔に、私が生まれるずっと前には既に失われていて、地球はナノマシンによって支えられていた。地球は既に、身体のあちこちに手の施しようのないくらいのどうしようもない大怪我をして、それを最高レベルの応急処置でなんとか持ち続けている患者だった。
　この惑星に未来はない。既に死に掛けで、もしかしたら死んでいる事にみんなが気づかないふりをしているだけかもしれなかった。
　けれども、レイズが帰ってくる場所はここだから。
　私はこの星で、子供の帰りを待っていた。

　視線を机に移す。実験内容を書き殴った書類と、空のコーヒーカップ。
　書類は明後日までに提出しなくてはいけない。本当は、ぼんやりしてる時間はなんてどこにもなかった。
「頑張らないと」
　カップを手にして立ち上がる。ひとまず新しいのを淹れてこよう。肩で切り揃えた金色の髪を揺らし、私は部屋を出た。