紅い目が、昏く光る。
　レーネフィア・ディ・ステラの瞳は、その場に存在する全てを冷たく見据えていた。
　メイドは最早動かない。貴族——最早ただの反逆者と化した男は、恐怖に縛られ動けない。
　胸には未だに、剣によって空けられた穴が残っている。
　生きているはずがない。よしんば生きていたとして、立てる筈がない。
　たとえ吸血鬼であろうとも、胸に風穴を空けられて生きていられて、更にその直後に立ち上がれるような吸血鬼などほとんど存在しないだろう。

　——だから、レーネフィア・ディ・ステラは人間でも吸血鬼でもない。
　吸血鬼を超えたばけものの枠に人間に似せた魂を無理矢理詰め込んだ、醜悪な継ぎ接ぎ（キメラ）である。

　その瞳を、更に薄く細める。
　五指から伸びる糸が軋む幻聴が聞こえる。
　己の臣下から血を徴しながら、自らの魂を癒す。

　廊下に倒れるメイドの身体が、蒼白に冷え、そして魂を咀嚼されて消えていく。
　三日月のような笑みを浮かべるレーネフィアの身体が再構成され、その身体を無機の王女たらしめる欠けた賢者の石を埋めていく。
　迸る情報現象（エフェクト）が翼を形取り、具象化した鎌が左手に携えられる。
　見よ。哀れな反逆者に、処刑の時は来た。
　振り上げられた鎌は反逆者の首に当てられ、今や斬首の時を待つばかり。

「——化け物め」

　怯えた目をした反逆者は、断末魔の悲鳴の代わりに、
　けれど一つ恨み言を吐いた。

「貴様など、貴族ではない……躊躇無く自らに従う者を喰らったお前など、貴族ではなく、ただの……人でも貴族でもない、バケモノだ」

　それは真実、ただの恨み言だ。貴族だった男にしてみれば、死ぬ間際の捨て台詞に過ぎない。
　だが、レーネフィアには——「自分が貴族である」という認識だけを、その異形の身体に詰め込んだ少女には、思いの他の効果を表した。

　ざぐり、と鈍い音が響く。

　反逆者は、開いた口の形をそのままに、首を斬り飛ばされていた。
　床に転がっていく首へと、紅い鎌が更に降り下ろされる。
　肉が潰される嫌な音が、何度も、何度も響く。
　その度に燃え盛る廊下に、真っ赤な水溜まりが作られていく。

　——レーネフィアは、もはや原型を留めなくなった血溜まりから視線を外すと肩で息をしながら、残された首の無い身体に近付きその手に握られていた賢者の石を掴み、もぎ取った。
　そしてそのまま、燃え盛る廊下を歩き去る。
　館の外に出てなお、その紅い瞳にはなにも映してはいない。
　燃え盛る屋敷を一瞥して、ただ一言だけ呟いて、その場を去った。

「レーネフィア・ディ・ステラとは……いったい、何なのでしょう？」

ただシオンは礼をするだけ