「あいつの足がそんなに速いとは思わないんだが…」

際ほど別れたラゼルの後を追う事数時間。
魔造体とはいえ、常に全力疾走する体力があった様には思えない。追いつくのであれば、そろそろ追いついても良い頃合いなのだが、残念な事に姿は見当たらない。

「参ったな、脇道に逸れられると見つけようがないんだが」

辺りを見回してみるも、小川が流れる以外は特に目につく物もない。
そもそも、小川に沿う様に続いている獣道以外、道らしい道も見当たらないので、それに沿って歩いているだけだ。
後を追うと言っても、本当にこの道を辿ったかは定かではない。
溜息を吐きながら、どうしたものかと考えていると、何処かで聞いた声が近づいてくる。

「何よ馬鹿！付いてこないでよ！これ以上追い回したらぼこぼこのぎたぎたにするわよ！！・・・きゃー！」

あれだけ叫ぶ余裕があるのだから、取りあえずは無事なのだろう。
もっとも、戦う力があるとは思えないラゼルが何かに、野良エンブリオか何かに追われていると見て間違いないだろう。
いつから逃げていたかは知らないが、なるべく早い内に見つけ出した方が良さそうだ。

「やれやれだな」

面倒臭そうに呟き、荷物を担ぎ直して走り出す。
ほどなくして、大きな口を開き、ラゼルを一飲みにしようとしいる蛇を確認する。
際どい所で跳躍し、間一髪で攻撃を避けているが、泥濘に足を取られ転倒する。
勝利の雄叫びらしきものを上げ、ラゼルに襲い掛かるも、既にこちらの射程距離である。
魔力を込めた最速の飴玉を投げ、蛇の攻撃を外させると共に、こちらに注意を向けさせる。

「こんな所で何をやってる、ラゼル」

「飴造？なんでアンタがここにいるのよ」

驚きの声を上げるラゼルだが、泥とキズで純白の毛が見る影もなくなっている。
回復用の飴玉を取り出そうとするも、先ほどの蛇が奇声を上げながらこちらを睨んでいる。
食事の邪魔をされた事でご立腹らしい。
もっとも、魔造体であるラゼルが、この蛇の食事になったかどうかは定かではないが。

「やれやれだな」

武器としている巨大な棒付き飴を担ぎ直し、強化用の飴を取り出し、自身の口に放り投げる。
蛇の体当たりを受け止め、棒付き飴で殴り飛ばし、距離を取る。
丁度良い機会だと、試作の飴玉を取り出そうとしていると、今度は牙を立て蛇が向かってくる。
その大きな口に棒付き飴を叩きつけ、試作の飴に魔力を流し込むも、攻撃的モーションが見受けられない為、取りあえず口の中に放り込む。
先ほど口に含んだ飴とミスマッチし、なんとも言い難い味が口の中に広がる。
気分が悪くなる前に片付けたい所だが、武器として使っている棒付き飴は未だ蛇の口の中だ。
攻撃用の飴玉で隙を作り、慣れない術で止めを刺すしかない。
ノノの成分を使って作った飴玉に魔力を流し込み、術を発動させ、蛇に向かって投げつける。
その後ろから、氷柱の様な氷の刃を生成し、飴玉の後を追う様に弾き飛ばす。
ラゼルを追っていて疲れていたのか、先ほど殴りつけたダメージが効いていたのか、どちらの攻撃も命中し、ピクリとも動かなくなる。
警戒しながら蛇の口から棒付き飴を取り出し、回復用の飴玉を取り出し、魔力を流し込んで術を発動させ、ラゼルに向かって投げつける。
淡い緑色の光がラゼルを包み込み、傷を塞ぎ、元の純白の毛並みに戻していく。

「ほう、中々面白い事をしますね。少し興味が湧いてきましたよ」

いつから居たのか、化け物じみた魔力を持つ白猫がそこに居た。

「あ、あの私、えっと・・」

「魔力は低いが、道具を使ってそれを補う人間。しかも、私の知らない術を使う。先ほどの回復も法力に近いですが、効果は段違い。興味深いですね。それと、ゴーレムだというのに傷を作り、血を流し、その回復結界で癒されている貴女もまた、中々興味深い。少しは楽しめそうですね」

ラゼルのセリフを遮り、心底楽しそうに、しかし、何処か不気味に白猫が微笑む。
その後ろから、野良エンブリオがのっそりと顔を出す。

「おや、丁度良いタイミングで出てきましたね。そこの人間、私を相手にするか、こいつの相手をするかして、もっと手の内を曝け出しなさい。選択を誤るとうっかり死んでしまうかもしれませよ。ふふ」

「端から選択の余地がない。やれやれだな」

巨大な棒付き飴を担ぎ直し、強化用の飴玉を取り出し、野良エンブリオの前に立ちはだかる。

「ふふ、私を楽しませて下さいね。人間」

後ろに跳躍し、白猫が木の枝の上に移動すると、楽しそうに微笑みながら飴造と野良エンブリオを見下ろしていた。

あぁ、あれかなと見当をつけた先に揺れる、小さな紫色の花。

ラゼンシアの言葉に我に返り、少し気恥ずかしそうに視線を一度逸らすと、少し頬を赤くしながら次の目的地を告げる。
……ここ以上に長居する可能性の高い場所の予感が、ぷんぷんするかもしれない。