「居たぞ、こっちだ！」
「待ちやがれ高額賞金野郎ッ！！」
「ひゃっはぁー、一発当ててやらぁッ！！」


暗い路地裏に、男達の汚い怒声が飛び交う。
黒い衣を纏った男が1人、満身創痍な身を引き摺るように走り続けていた。
彼の名はライン、”黒閃の雷蛇”と呼ばれる賞金首だ。

国の為、王の為に、反逆者どもを粛清するのが彼等”執行官”の役割。
しかし、一揆の侵攻を深く許した今となれば、その存在は多くにとって悪となる。
その首に掛けられた賞金は決して安いものではない。
今追ってきている賞金稼ぎたちが、己の正義に準じる者達なのか、はたまた欲に塗れた俗物なのか…。
ラインは逃げ回りながら、頭の片隅でそんな事を考えていた。


自分が行ってきた正義とはなんだったのだろう。
そして、自分がこれから行う正義とは———


「角を曲がったぞ！」
「あの先は袋小路だったはずだ、袋のネズミじゃねぇか。」
「ひゃっはぁー、たっぷりいたぶってやらぁッー！！」


賞金稼ぎ達が、路地の曲がり角へと集結する。


———が、


それより早く、異変が襲った。


ピカッ
　バチバチバチバチッ
　　　　　ドッカーンッ！！！
「ぎあぁぁぁぁっーーー！！！？」


激しい閃光、弾けるような電撃音、そして地面を穿つような雷轟。
その後に聞こえてきた声は、絶叫——否、断末魔か。


「——な、なんだっ！？」


賞金稼ぎ達は目を覆った、飛び込もうとした路地の先からその閃光は溢れてきたのだ。
それは刹那の出来事で、声が消えた時には閃光も消えている。
耳の鼓膜を余韻のように震わし続け、逆に世界から音が消えたような…そんな幻聴を醸し出した。

賞金稼ぎが互いの存在を確認する。
——全員、居た。
となれば、先程の断末魔の正体は——


「先を越されたか…！？」
「いや、あの賞金首は雷を使うって話だ。どっかの馬鹿が返り討ちにあったんじゃね？」
「ひゃっはぁー、とりあえず突撃だぁッー！！」


賞金稼ぎ達が、一斉に曲がり角の向こうへと踏み込んだ、その先で見たものは——



——女だ。黒衣を纏った女が居た。

片手に鞭を持ち、もう片方の腕で黒ずんだ物体を抱えている。
それは焼け焦げた臭いを放つ、人型の物体。——黒衣を纏っている。


その場へと現れた賞金稼ぎたちを見据えて、女はにやりと笑った。
見る者を喰らうような、妖艶な脅威を含む笑みだ。

女は手にした物体を持ち上げて見せた、拍子に腕らしき物体がだらりと垂れ下がり、重力に沿ってブラブラと揺れ動く。
意識があって出来る動きではない。ならあの物体は意識が無いのか——
いや、賞金稼ぎ達は気付いていた、彼等も曲がりなりにも対人稼業だ。
だから言い切れる、あの物体は生きてなどいないのだ…と。


「…何者だ。」
「しょ、賞金稼ぎだよな？先越されちまったけど、ま、まぁしゃあねぇ…。」
「ひゃっはぁっー、そんな事よりデートしようぜぇッー！！！」


女はくすりと笑う。
先程の妖艶な笑みとは違う、どこか幼びた微笑だ。
そのギャップにときめくか、…あるいはそれすら計算か。

ヴェールに遮られたその目が、微かに沈んで見えたのは気のせいだろうか。
だが次の瞬間には、何事もなかったような顔を浮かべている。
彼女もまた、裏稼業の人間である、と言う事なのだろう。

刹那、鋭い殺気が放たれた。
ぱち…ぱち…と、空気中を電撃が漂っている。
賞金稼ぎ達は身構えた、3VS1だというのに気圧されている。
黒閃の雷蛇は一番の小物…その言葉の意味を身を以って理解させられる。


「…くっ、只者ではない！」
「このオーラ、前のヤツとはダンチだぜぇ…！てか前のは逃げ回るだけだったしなぁッ…！」
「ひゃっはぁっー、踏んでくだせぇッーー！！！」


だが次の瞬間、殺気はなりを潜める。
黒艶の雷華は踵を返し、賞金稼ぎに背を向け歩き出した。
一見すると無防備だが、隙が無い事は熟練者であれば理解できる。
賞金稼ぎ達も動く事は出来ず、ただ見送るのみだ。

最後にそれだけ言い残す。
チラリと伺う横顔は、確かに黒閃の雷蛇に良く似ていて、それで居て…どこか寂しげだった。


——カッ！！


激しい閃光。
——それが収まった時には、もはや彼女の影は無かった。


「黒艶の雷華…恐ろしい敵が現れたな。」
「マジビビった！マジチビったって！ありゃガチでヤバイぜぇ…！」
「ひゃっはぁっー、罵られてぇッーー！！」

















—



——



———

アジトに戻った黒艶の雷華は、手に抱えていた黒い人型物体を壁目掛けて力強く投げつけた。

ぽへーんっ

っと、薄っぺらな効果音と共に、壁に叩きつけられたソレは四肢が千切れて霧散する。
中から黒コゲの綿を撒き散らし、”へのへのもへじ”と描かれた頭部がゴロリと転げ落ちた。

…投げて後悔した、片付けがメンドそうだ。


黒艶の雷華はヴェールと帽子を取ると、頭を抱える。

くすんと涙を浮かべている黒艶の雷華。
——否、黒閃の雷蛇。ライン。

そう、黒閃の雷蛇とよく似ているのは兄妹だからでは決して無い。当の本人だからである。
何故こうなったのか、ラインは先日のボスとのやり取りを思い返した。


———


——


—

唐突に告げられたボスの言葉に、ラインは固まった。
しかし、これまでの自分の戦績をかんばみればそれも致し方ないことだろう、組織の意思なら殉ずるしかない。
それをボスの口から言われた事に驚愕を覚えたが、…ただそれだけ、驚いただけだ。

ラインはゆっくりと頷く。
———目元にじんわりと大粒の涙を浮かべながら。

その涙を見たボスが慌てて取り繕った。
そう言われても急に涙は止まらない。ポタポタ流しながら、ラインは首を傾げる。

——と、萌え悶えるボスの説明を整理するに、それは黒閃の雷蛇を”死んだ事”として、ライン自身は新しい執行官として活動する計画だった。
黒閃の雷蛇としての失態は全て帳消しに出来る——ボス曰く組織にも秘密の計画だ。

それは相当にリスクが大きい、バレれば自分はおろか首謀者であるボスも危険だろう。
何故自分の為にそこまでの危険を犯すのか、ラインには理解できなかった。
理解できなかったが、——心の奥底が微かに暖かくなる、そんな錯覚も覚えた。


あなたがそう言うなら…。


ラインはボスの要求を受け入れる事にした。
——そして、ボスの真意を割と理解する事になる。

…と、こんな次第である。


—


——


———

追想から返り、ラインはアジトの部屋でボンヤリと鏡を眺めていた。
化粧や着替えに必要だろうと買い与えられた鏡の前で、何気なくポーズを取ってみる。
ライネに比べて厚化粧なだけのことはある、苦労するほど綺麗になれるのかと、感心したものだ。
マジマジと食い入るように見つめ、そして、両手を豊満な胸元へと——

ハっと我に返るライン。
この胸だって、最先端の技術を結集させた高性能偽乳だ、偽物と分かっていればエロイ事なんて何もない。
——こんな物があるならライネにも欲しかった。
僅かにそんな思考を廻らせる自分の頭をぽかぽか叩く。

酷く疲れきった様子のラインは、それだけ言うと黙って衣服に手を掛けた——



※この先は良い子はご視聴頂けません、ごめんね！

　　　　　　　　　　　　　　封筒の中を駆け巡る、飛行機の滑走路。
　

アラビアンナイツは……もう…………終わり…………

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
　　（　　　　　　　　）　　　　　　
　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
＜　　＼＿＿__／　　＞
　　　　┃　　　┃
　　　　＝　　　＝