何処かの辺境に、棄てられて久しい寂れた廃村があった。
そこには人も居らず、獣すら寄り付かず、誰からも必要とされない村だった。

しかし、いつからかその場所に人が集まるようになった。
それは人里に寄れぬ者達。
人を追い立て、時に追われる、社会の爪弾き者達。

賞金首。

その廃村の一角に立つ倉庫跡。
そこは、彼らが取引場所として使う集会所だった。


誰も管理していないその村を、ならず者達が不法に占拠して利用し始めた——
と、言う訳では実は無い。
この場所の利用は、国からの許可を得て行っている。
…無論、公にではない。しかし、これは国にとって利となる行為なのだ。

この場所の管理を任されている王国所属の工作員、黒閃の雷蛇ことラインはひとりごちる。
ここには賞金首の連中が取引目的に集まってくる。
大手を振って街を歩けない彼らには、人目につかない取引場所が必要だった。
そのために国が用意した場所が、此処だ。


彼らは賞金首、社会に適合できないならず者達。それは違いない。
しかしだ、今彼らの存在は一揆を企てる参戦者達にとって脅威の的となっていた。
彼らには強く在ってもらわねばならない、一揆への抑止力として。

そしてもう一つの理由は、動向の確認。
すなわち——賞金首達の監視だ。

今でこそ、国の、王の役に立っている彼らだが、それは一時的なモノに過ぎない。
一揆が収束した後、彼らの存在は…国に混乱を招く。
改めて処罰の対象となるだろう事は、考えるまでも無く明らかだ。
そんな彼らの動きを逐一把握できるように。この場所にはそういった役割もあった。

それは決して、不可能な申し出ではない。
公に出来ずとも、裏で犯罪者と繋がる事などそう珍しい話では無いだろう。
そもそも、ラインの存在自体が、限りなくクロに近いグレーなのだ。
しかし、ラインは即座に結論に行き着いた。

別に我らが王が狭量だと言いたい訳ではない。
むしろ、問題は賞金首連中だ。
ドイツもコイツも我の強い、傲慢で自己中心的な連中ばかり。

恩赦をくれてやると告げた所で、聞き入れる者が居るだろうか？
否だ、居やしない。
彼らはそんなモノ必要無いと突っぱねるだろう。
そして、晴れて自分と敵対関係に落ち着く訳だ。

ふっ——と口から吐息が零れる。

叫び声と共に小さな痛みが走った。
見れば、指にぷくりと血豆が膨らんでいる。
考え事をしながらする作業ではなかったか——
ラインは、己の行いを悔いながら救急箱を手に取った。
刺した箇所を手早く手当てする。他にも何箇所か、同様の手当て箇所が見受けられた。

それでは先程からチクチク流れている背景効果音について説明しよう。
その日ラインは、はじめてのお裁縫の真っ最中だったのだ。






手当てを終えて、お裁縫を再開する。
縫っているのは、ツギハギだらけの大きな布だ。
何故そんな事をしているのかと尋ねられると、返答に困る所ではあるのだが、
一番の要因は”ヒマだから”に他ならない。

いや、誤解しないので頂きたいのだが、仕事はキチンとこなしている。
しかし、彼の仕事は道行く人々に無差別に襲い掛かることではない。
王の障害となりうる強力な参戦者を探し出し、個別に排除する事だ。

単刀直入に言おう、居なかったのだ。
王の障害になりうる強力な参戦者、一人も居やしなかったのだ。
同じエリアに居た153名ほどを確認したのだが、誰一人琴線に触れる者が居なかったのだ。
だから、襲わずに帰ってきた。
結果として、誰も居ない取引所で一人ヒマする事になったのだ。

夜中に人が集まるこの場所も、昼から居るとまた違った見え方をする。
なんか、こう、………彩りが足りない。
無性にそう思っちゃったのだ。
だからお裁縫である。


………


いやいや、分かるよ、何でそこでお裁縫やねんと。気持ちは分かる。
しかし、賞金首となった彼はそう易々と街へと出掛けられない。
ライネ・スパークルとして変装しても、あまり人目につきたくないのが心情だ。
だから、何か彩りが欲しければ自分で用立てなければならない。

この廃村は棄てられて久しいが、屋内をくまなく探せばまだ使えそうな材料や道具が見つかった。
ボロボロの裁縫道具を使い、様々な布切れからまだ使えそうな部分を切り抜いて、己の勘を頼りに縫い合わせていく。

まぁ、ボロい布切れを合わせてボロい巨大な布切れを作っているようにしか見えないが。
複数の下位素材を組み合わせて上位素材へと変換する作業だとでも言うのか。

しかし当の本人は、それはそれで満足そうな顔であった。
暇つぶしとしては成功だろう。

縫い合わせた巨大な布をバサァっと開き——なんか端っこが剥がれ掛けたが大丈夫か？——テーブルの上に覆い被せる。

衝撃の一言である。
いやまぁ、色んな布切れを縫い合わせたおかげで色数は凄まじいのだが…。
彩りというより狂気を感じる配色である。
それはそれで、この場所に合っているのだろうか？

ラインは真顔で呟くと、意気揚々と廃倉庫を後にした。
これが、賞金首【黒閃の雷蛇】の、とある休日の様子である。

……そんな休日で大丈夫か？

　　　　　すっかり念頭に置いているのは恋愛のようだが、相手が顔を曇らせるのにはまぁまぁとなだめるようなしぐさをする。
　　　　　アイスをもらえば頭を下げて礼をした。

　　　　　といったやり取りをしてアイスをわけあった。
　　　　　剣呑な気配に気づくことなく。