獣人の男性が異形の者に叩き付けられているのを見て、彼女は顔を覆う。

「ほわぁぁぶちぐしゃーっ！」
「ふむ中々残虐な悲鳴を上げますね。とりあえず弟子、手を動かしなさい」

2人の前方にあるフレーム。光源を発しながら、どこかの場所を映し出す内から石壁を砕く音が響き終わる。
そして止まらず響くのは、

「うわああ連打、連打！ミンチ肉、ミンチ肉！！」
「大事なことを二度言うなら、手を動かしなさい馬鹿弟子。まだ終わってませんよ」

画面を凝視しながらも、先程まで行っていた作業を行う。

「でもですね先生、最初の一撃を食らっても確実に負傷してますし、ここのままの勢いだったら……」
「おや、彼は要領悪いですけどね？ただこれだけは言えますよ」

複数の画面を表示させた男は、弾かせる様にキーを叩いていた五指の動きを途切れさせることもなく言った。

「獅子の基本戦術は集団決戦。ましてや包囲網を張るのはお手の物ですよ？」


剛腕から繰り出される一撃が壁を穿ち連続して岩を砕く。
その音は低い音を響き渡らせながら、次第に小さくなっていく。そして引き抜いた動作を用い、

「……！」

右腕を振り抜くように、その瓦礫の場所を薙ぎ払う。重量と全速から放たれた一撃。
人間の一人の重さなど関係なく、打撃で飛ばされる事もなく、水風船の様に弾け飛ぶだけだ。
この場所に太陽などと言う光源は、無いに等しい。
それは右腕を振り払い、目の前に手を翳す。闇の中でも尚浮かび上がる己の手には赤黒いものが付着しているのが見えた。
血であることは解かった。それも大量に、だ。

「カカッ……」

静寂が戻った中、やれやれ、と息を零す。高ぶった感情が血の匂いが鼻腔を擽ることにより、落ち着きを取り戻していく。
感情に促されるまま、その原因を叩き潰してしまった。どうやらそれは人間だったらしい。それなら勿体ない事をしたとそれは感じた。

「人間の肉は久々だったのう……」

人の血肉はそれにとっては貴重な餌ともなる。前は良かった。誰にも見られることもなく、人の巣の中にこちらへと繋がる道を作りだす
事が出来た。それにより、こちらはこの場所ゆっくりと、何者にも気にすることもなく飯にありつく事が出来たのだから。

「それが近頃は、飯がよう落ちぬ……」

近頃は異様に腹が空く。この喉元に突っかかる様な疼き——飢餓感が如何にも満たされないのだ。
惜しい気持ちを振り払う様に、それは再び動き出す。先程の食いかけの……食べかけの肉の一部へと向き直ろうとして、

「そうかい」

聞きなれぬ声が鼓膜を打つ。当たり前だ。それにとってその声の主はここに来てから一言も発していなかったのだから。
何、と思った直後、

「——ガァッ！」

脇腹狙いの高速突撃。獅子の咆哮の直後に、それがぶち当たった。



身体を通し、反対の側面に向けて衝撃が突き抜ける。
それは一瞬、世界が傾いた様に見えた。否。実際には身体を傾け、捻る様に倒れかけているのは自分だ。
揺れる視界の中、金の鬣と朱瞳の人が見える。それが拳を引く。

「……！」

それは悪寒、と言うべきか。
見えぬ警告に促されるまま、それはその人に向けて強靭な尾を振るった。その結果、彼はそれステップで回避をする。
それの巨体を支える程の尾だ。それの動きやバランスを支えていく為に強靭に発達した尾は、地面に崩れ落ちていた瓦礫も掬い上げる様に弾き飛ばす。
石の弾丸となって青年に更なる追撃に備え、距離を開ける為の弾幕代わりとなった。


土埃の舞う中、それは疑問に思う。
右の手の平を掲げ、見る。血に濡れた手。だが、これは——

「まさか……」

己の手。その内、人差指と中指、小指の3本の爪が半ばから断たれている。
流血が掌を染めている。負傷しているのだ。

「だが何故……！？」

岩を砕く拳としても、ダメージに対して敏感な察知を返す筈だ。その反応がここまで鈍るなど、考えられなかった。
そしてそれは見る。翳した爪に微弱な光が宿っていることを。





「獣の爪には人と違って神経が通ってます」
「そうだですよねぇ……。犬とか爪切りする時に気を付けてしないと、深爪してしまったとき血が出てしまいますよね」
「ある程度といっても、獣の爪はある程度循環の機能も有した神経です。人間と違って、爪を切り落とせば感覚が失われますし、
強烈な痛みも伴います。だからその激痛を気付かさない為に麻酔を打つちます」
「歯医者みたいな感じですね」
「おや、弟子。麻酔を打たれた経験があるんですか。それなら今後の展開も読めますか？」
「いや、そう言われても……」

彼女は一瞬眉を顰めたた表情をした。

「暫くは手の感覚が無くなるでしょう。手を握ったり、手先の感覚があやふやなのに、正確に義兄さんを狙えるかも無理でしょうし。
それに爪は切られて、再生したとしても神経が切断されてるので」

モニターを一つ増やし、彼はそちらの方へと視線を向けた。

「当分、動くこともろくに攻撃なんて出来ないでしょうね」

それでも島が異常ってことはわかるが……

約:し、しまったー！糸が絡まった！！
で、わたわたするが身動きが取れない……そして、小さなトカゲの威嚇は見ていない。

*何かを発見して嬉しそうだ*